『リワイルディング 生態学のラディカルな冒険』ポール・ジェプソン/ケイン・ブライズ著

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リワイルディング

『リワイルディング』

著者
ポール・ジェプソン [著]/ケイン・ブライズ [著]/管 啓次郎 [訳]/林 真 [訳]/松田 法子 [解説]
出版社
勁草書房
ジャンル
自然科学/生物学
ISBN
9784326750603
発売日
2025/03/01
価格
3,300円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『リワイルディング 生態学のラディカルな冒険』ポール・ジェプソン/ケイン・ブライズ著

[レビュアー] 奥野克巳(人類学者・立教大教授)

芽吹く「再野生化」の試み

 「引いてもだめなら、押してみる」。そんな反転の身ぶりが、環境生態保全の新たな潮流である「リワイルディング」の深層に息づいている。講じられてきた数々の保全策の陰で、地球規模で生態系の劣化が、密(ひそ)やかにそして確実に進行している。そうした現状を前に、創造と冒険の感性を携えながら、自然を「再野生化」する試みが、静かに動き始めている。

 この手法は、理念や理論よりも具体的成果を重視する点で、現代に通底するプラグマティズム的な時代精神に根ざしている。本書は、リワイルディング(再野生化)の思想的背景、理念および代表的事例を紹介する一般向け概説書である。

 オランダの干拓放棄地OVPでは、野生種の牛や馬の再導入により草原景観が形成され、鳥類や小型哺乳類の個体数が回復した。この放牧と植生の動的な相互作用は、ヨーロッパの自然植生は高木林に収束するとする「クレメンツ仮説」を批判する初期の重要な事例とされる。

 ロシアの更新世公園では、バイソンなどの再導入を通じて、過剰殺戮(さつりく)により草地が北方樹林へと遷移した過程が明らかとなった。ゾウガメの絶滅後、生態系の機能が失われていたモーリシャスでは、陸ガメの導入により植生と土壌が変化し、大型トカゲの個体数が回復した。イエローストーン国立公園への狼(おおかみ)の再導入は、大型鹿のエルクの採食圧を緩和し、水圏と生態系機能の改善に寄与した。

 川もまた再野生化される。人工構造物の撤去と地形や流路の復元により、「生きている川」が再創出される。これによりエコスペースが広がり、栄養のやりとりを含む生態系ネットワークが再編成される。リワイルディングは復元生態学と似ているが、人の介入を減らすことで、生態系の自律的機能を再興し、自然本来の動態の回復を目指す点に特徴がある。

 大量絶滅や気候危機の暗く沈んだ縁どりの中で、ほつれた生命の網に手を添えようとするリワイルダーたち。革新と実験精神に満ちた、生態回復の自然展開のための営みが、今世界各地で、ゆっくりと芽吹いている。管啓次郎、林真訳。(勁草書房、3300円)

読売新聞
2025年5月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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