『ブレイクショットの軌跡』
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『ブレイクショットの軌跡』逢坂冬馬著
[レビュアー] 長田育恵(劇作家・脚本家)
国産SUV 連なる物語
心が快哉(かいさい)を叫んだ。本書を物語を愛するすべての人と分かち合いたい! 緻密(ちみつ)に組み上げられた構成、丹念な取材が基盤にある風通しのいい文体、オープニングからエンディングまでの鮮やかな飛距離と尚(なお)かつ美しい円環構造。そして何より登場人物へのフェアな眼差(まなざ)し。作者はどんな国に生きる、どんな状況下の人間でも、等身大の生活とその主観をリアルに描き出す。
本書は架空の国産四輪駆動車(SUV)「ブレイクショット」を基点として、推移する所有者に視点を変えていく六章から成る連作形式。そこに中央アフリカ共和国の民族抵抗同盟に身を置く少年兵の物語が挿入される。プロローグとエピローグには自動車工場の期間工である青年と彼が恋する女性の物語があり、全編を通じて結ばれていく、物語の大きな潮流の中に、それぞれの人生が忘れがたく光を放つ。
各章の主人公は多彩だ。新興ファンドの副社長、自動車修理工場の板金工、不動産会社の営業、経済セミナーの講師など。彼らの物語を通して、現在の日本の混迷が多角的に描き出される。投資。特殊詐欺。ネットの虚像。炎上を創り出す手法。企業の不正。マイノリティーへの偏見など。経済格差によって自由意志が制限される現在、彼らが世の裏を掻(か)こうと闇に転落し、あるいは光を掴(つか)もうとする姿は切実だ。そんな中で、本書の縦軸となる板金工の息子である後藤晴斗とプロサッカー選手を目指す霧山修悟は不合理なルールは、守るのでも違反するのでもなく、変えたいのだと決意する。
「ブレイクショット」とはビリヤードで最初に打つショットのこと。台上のすべてが連鎖的に動くように、この物語も思わぬ事象が絡み合い、遠くまで届きゆく。本書は私たちの今の選択や行動を後押ししてくれる。期間工の青年が、倒れゆく少年兵が、たとえ自分は何もなさずに消えていく存在だと感じていても、彼らの行動はやがて大きな意味を成していくように。(早川書房、2310円)