『平家物語の合戦』
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<書評>『平家物語の合戦 戦争はどう文学になるのか』佐伯真一 著
[レビュアー] 佐谷眞木人(恵泉女学園大学教授)
◆史実との距離 見定めた労作
『平家物語』は、日本の古典文学の中でも際だって多くの派生作品を生み、親しまれてきた作品であるが、その内容が大小さまざまな合戦をどの程度正確に反映しているかについては、実はあまり知られていない。本書は『平家物語』に描かれた合戦描写を丁寧に検証し、史実との距離を見定めた労作である。そこから見えてくるのは、さまざまな要素が入り交じった表現のあり方だ。
例えば、以仁(もちひと)王の乱を描く巻四「橋合戦」では、23本の矢を悉(ことごと)く命中させる浄妙房明秀や、橋桁の上で長刀(なぎなた)を持ったまま、その浄妙房を跳び越える一来(いちらい)法師など、およそ実話とも思えない「ホラ話」が描かれる。その一方で、頼朝の挙兵に続く小坪坂合戦の表現には、地理的にも史実にかなり忠実な描写が見えるという。(ただし、この箇所を載せるのは、『平家物語』の一部のテキストに限られる)
つまり、記録に近い表現と創作に近い表現が複雑に入り交じっており、著者は、「多様な合戦物語が相互に影響し合って」『平家物語』の合戦描写ができていると読み解いている。そこには、「合戦をどう描くか」という課題に対するさまざまなアプローチがうかがえて興味深い。貴族と武士の視点が入り交じっているともいえよう。その意味で『平家物語』は、古代と中世の過渡的な文学作品である。
また、巻九の一ノ谷合戦に描かれる平敦盛や平忠度(ただのり)といった貴族的な性格を持つ平家の武将たちの最期が、ことさら哀れを強調されることで、合戦描写は文学に近づくことになる。著者は、「戦いという行為を全く違った角度から見つめ直すこと」が、合戦の記録が文学に近づく契機とみている。文学性と記録性はこうして混交していくのである。
本書は合戦描写に着目して『平家物語』を読むという、従来あまり試みられなかった視点から執筆されており、『平家物語』の新しい読みへと読者を導くだろう。それは「人間にとって戦争とは何か」という問いへと結びついている。
(吉川弘文館・2310円)
1953年生まれ。青山学院大名誉教授。著書に『熊谷直実』など。
◆もう1冊
『戦場の精神史 武士道という幻影』佐伯真一著(NHKブックス)