『京都の歩き方』
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<書評>『京都の歩き方 歴史小説家50の視点』澤田瞳子 著
[レビュアー] 近藤雄生(ライター)
◆定型イメージとは別の分厚さ
京都は、年間5千万人が訪れる大観光都市である。それゆえに、京都に対して何らかのイメージを持っている人は多いだろう。舞妓(まいこ)さん、金閣寺、京料理、あるいは「イケズ」。だがそんな定型の「京都らしさ」は、観光客から見た「観光都市」としての姿である。住民から見た「地方都市」としての京都には、また別の顔がある──。
京都で育ち、今も京都で暮らす著者は、本書の中でそう語る。といっても、決して上から教え諭すような口調ではない。あくまでも目線は低く、口調は柔らか。かつ、歴史を専門とする直木賞作家ならではの、高い解像度と親しみやすいエピソードで、「ほら、こんなところにもこんな歴史や物語が」とそっと共有するように、京都の町にしみこんだ歴史と文化の断片の数々を、様々(さまざま)に紹介してくれるのである。
例えば京都は、人口当たりの大学数が日本一で、各地から若者が多く集まることで知られるが、その歴史を遡(さかのぼ)ると、江戸時代、本居宣長もそんな一人であったという。その日記には、大晦日(みそか)、四条室町が賑(にぎ)わう様子が美しく描かれていて、それを知ると、かの国学者が急に今につながる存在として感じられるようになってくる。また、生八ッ橋の商品の一つに「夕子」があるが、夕子とはいったい誰なのか。それは水上勉『五番町夕霧楼』の主人公であるという。とすればこの定番のお土産から、西陣の遊郭、そして金閣寺焼失の歴史へと、想像が広がっていくのである。
ちなみに評者は、京都に移住して16年になるが、今もなお、ふと垣間見えるこの町の歴史や文化の分厚さに、圧倒されることがある。一方、嫌なことがあると、「これだから京都は」と、つい京都のせいにしてしまうこともあり、その意味でも、自分はつくづくこの町の掌(てのひら)の上で暮らしているなと実感する。本書を読み、改めてその掌の大きさを知るとともに、随所で思わず膝を打った。そう、京都の料理は薄味では決してないのだ。むしろ濃いのでは? 京都論議も四方に広がる一冊だ。
(新潮選書・1760円)
1977年生まれ。作家。著書『星落ちて、なお』『火定(かじょう)』など多数。
◆もう1冊
『京都の歴史を歩く』小林丈広ほか著(岩波新書)