「カラーチップを持参して、壁の色を採取」白井敬尚、こだわりのブックデザインの構想と制作の舞台裏

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図書館を建てる、図書館で暮らす

『図書館を建てる、図書館で暮らす』

著者
橋本 麻里 [著]/山本 貴光 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103559917
発売日
2024/12/18
価格
3,630円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

白井敬尚インタビュー「本は背」 『図書館を建てる、図書館で暮らす 本のための家づくり』をデザインする

[文] 新潮社


『図書館を建てる、図書館で暮らす』をデザインした白井敬尚氏。

 2019年、橋本麻里さんと山本貴光さんが神奈川県逗子に建てた〈森の図書館〉――それは、膨大な蔵書を包み込む“本のための家”です。

 その家づくりの全貌と、そこで営まれる生活を綴った『図書館を建てる、図書館で暮らす 本のための家づくり』(新潮社)は、刊行直後から読書家・蔵書家の間で大きな話題となり、SNSでも「夢の空間」として広く注目を集めました。

 また、装幀や紙面づくりの美しさ、空間の空気感までもが伝わるブックデザインも多くの読者を魅了しています。

 細部までこだわり抜かれた一冊はいかにしてかたちづくられたのか――デザインを手がけた白井敬尚(しらい・よしひさ)さんに、その構想と制作の舞台裏を伺いました。

※本記事は「芸術新潮」2025年3月号より一部抜粋・再編集したものです。

***


背の飾り罫の細やかさは、箔押し加工の限界に挑戦。撮影:筒口直弘(新潮社、以下全て)

 山本さんとは旧知の仲、橋本さんともお仕事をご一緒させてもらっていましたが、昨年の夏、カバー用の写真撮影のために初めて〈森の図書館〉を訪れました。想像以上に本が溢れているな、これは図書館以上だな、と思いました。

 事前に写真を見て想起したのはデンマークの画家ヴィルヘルム・ハンマースホイの絵画です。彼が描いた室内風景はほぼがらんどうですが、あの静謐な空間いっぱいに本が収まったら〈森の図書館〉になるのではと。実際に訪れてもその印象は変わりませんでした。

 それでカメラマンには、画集を見せて、こういうイメージで、とお願いして撮影してもらいました。南面に設置された書棚の脇から差し込む光が橋本さんの肩にあたり、そこだけ白く浮き出す。まさにハンマースホイの絵画のような陰影豊かな〈森の図書館〉の世界が示されたと思います。


ハンマースホイの絵画をイメージした〈森の図書館〉の写真がカバーをぐるりと覆う。

 こうして撮影した写真をぐるりと巻いたカバーの背に、革装本の背バンド(印刷された用紙を束ねるための麻ひもが革に覆われ、背にこぶのように突起して見える部分)をイメージして、金の箔を押しました。細い罫やドット、星印で構成された文様は、たとえばヤン・チヒョルト(1902~74)というドイツのタイポグラファのデザインからインスピレーションを受けています。チヒョルトは、イギリスのヴィクトリア朝の本のタイトル周りなどに見られる、ほんのちょっとした罫やドットなどの飾りを転用して、自分のデザインエレメントとして使用しているんです。彼はオリジナリティにこだわるのではなく、古典を見直して、現代にあわせ再生させるという方法論でデザインをしていて、そんなところは私も影響を受けています。20年ぐらい前に訪れたドイツのチヒョルトの旧居に、彼がデザインした本が並ぶ書棚があったのですが、その光景がすごく良くて、やっぱり「本は背だな」としみじみ思いました。

 そういえば〈森の図書館〉に撮影にうかがった際、山本さんが、岩波文庫が並ぶ書棚を案内しながら、ここに並ぶ本の背の書名によって世界がマッピングされ、自分に何が足りていないかが見えてくる、本の背は世界のインデックスなのだ――とおっしゃいました。

 確かに本は、発売されてすぐは、書店で平台に並ぶからカバーの表側が大事だと思うけれど、その後は、読者の手もとに渡るにしても、書店に長く置かれるにしても、棚にささった状態になりますよね。そのとき本がどのような佇まいであるかが大事なのではないかと思うんです。

 デザインの依頼をいただいた当初から、この本の綴じは「糸かがり」でとお願いしていました。なぜなら、本が壊れず長持ちするからです。デザイナーのエゴかもしれないけれど、特にこういう“本の本”であれば、50年経っても壊れずに読める本にしたいという思いがあった。いま一般書はほとんどがPURやあじろなどの糊で本文紙の背を固める無線綴じ製本です。どの出版社も、それで開きにも強度にも問題はないという。けれどPURなどを使うようになって、まだ50年も経っていない。つまり本当のところその強度は証明されていないですよね。ならば古くからある、信頼できる技法を使いたいと考えたのです。

 見返しは、片面を特色で印刷しています。スタッフがカラーチップを〈森の図書館〉に持参して、壁の色を採取して決めました。本を開いたときに、自然と〈森の図書館〉に、そして書物のなかに入っていくような感覚になるでしょう。


本の表紙と本文紙を接合する見返しには、特色を印刷し、〈森の図書館〉の壁色を再現。

 本文サイズはやや大きめ、文字組も少しゆったりめで、誰もが読みやすいようにと考えました。ノンブルもアクセントとなるように少し色気のある書体で大きめに。一方筆者名や章タイトルなどの柱はキュッと小さく、敢えて対比をつけて紙面が引き締まるようにしました。

 この本は、橋本さん、山本さんに加え、建築家の三井嶺さんも寄稿している3人の共著ですが、実は本文書体も執筆者によってさりげなく変えています。橋本さん、山本さんの書体は、お2人の声のトーンを思い出しながら決めました。三井さんとは面識はなかったけれど、建築や構造の話を書いているから、彼のパートは、シャープな印象の書体に。読者はおそらく、読み進めてゆくうちに、自然とその違いに気付くのではないでしょうか。〈森の図書館〉という空間を、彼らに導かれ、体感するような読書体験になればと思ってデザインをしました。


本文のレイアウトは可読性を重視し、ゆったりめ。こちらは、山本貴光さんのパート。

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白井敬尚 しらい・よしひさ
1961年、愛知県生れ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科教授。株式会社正方形(清原悦志主宰)を経て、98年、白井敬尚形成事務所を設立。タイポグラフィを中心としたグラフィックデザインに従事。本書の著者に関するブック・デザインに、『文体の科学』(山本貴光著)、『世界を変えた書物』(山本貴光著、橋本麻里編)など。主な著書に『組版造形 タイポグラフィ名作精選』ほか。

新潮社 芸術新潮
2025年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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