『割れたグラス』
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きれいごとじゃない生々しい人の生が詰まった〈アフリカ文学の愉楽〉
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
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「ラテンアメリカ文学叢書」や「文学の冒険」といった、数多くの名作シリーズを出してきた国書刊行会から新創刊されたのが「アフリカ文学の愉楽」シリーズだ。その第1回配本が、現代アフリカ文学を代表する小説家の一人、アラン・マバンクの『割れたグラス』なのである。
語り手はコンゴ共和国の港湾都市ポワント=ノワールにあるバー〈ツケ払いお断り〉に入り浸って、赤ワインを鯨飲している64歳の〈割れたグラス〉。彼はバーの主人〈頑固なカタツムリ〉に鉛筆とノートを渡され、「ここにいる俺たちのことを書いてくれ」と頼まれる。
娼婦に慰めてもらいに行く夫を許さない宗教狂いの妻に家から閉めだされ、暴れた挙げ句、恐ろしい刑務所に2年半入ることになり、そこでケツを掘られまくったせいでオムツを4枚も重ね穿きしなくちゃならなくなった〈パンパース男〉。フランスで働き、白人の妻をめとったものの、最初の妻との間にできた息子に寝取られ、その言い分を信じてもらえず精神病院に入れられ帰国せざるを得なくなった〈印刷屋〉。誰よりも長く放尿できることを誇っている〈蛇口女〉。バーの向かいで串焼き肉を売っていて、〈割れたグラス〉の体を心配してくれる〈禿の女歌手〉。
〈ツケ払いお断り〉が開店する際に起きた国を二分するほどの大騒ぎを手始めに、かつては小学校の先生をしていた〈割れたグラス〉が書き綴っていく、たくさんの文学作品のタイトルをちりばめた句点(ピリオド)なしの語り口が素晴らしい上にも素晴らしい。バーに集う変わり者たちのエピソードが面白い上にも面白い。やがて明かされていく〈割れたグラス〉の過去が切ない上にも切ない。〈俺は何としても人生に近いものを書くつもりだ〉という宣言どおり、この小説の中にはきれいごとじゃない生々しい人の生が詰まっている。まさに、アフリカ文学の愉楽にどっぷり浸ることができる1作だ。