正統英国ミステリの血統を継承したディック・フランシス 息子の〈新・競馬シリーズ〉

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正統英国ミステリの血統を継承したディック・フランシス 息子の〈新・競馬シリーズ〉

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 イギリスの作家、ディック・フランシスといえば「競馬」シリーズで、作品は実に四十冊以上にわたる。晩年は息子、フェリックス・フランシスとの共作として発表、没後はフェリックスが執筆を引き継いでいる。

 シリーズといっても共通点は競馬業界が題材というだけで、基本的には一作ごとに主人公は異なっている。例外の一人が元騎手の探偵、シッド・ハレーで、彼は複数の作品に登場している。

 フェリックスの新刊『覚悟』(加賀山卓朗訳)は、そのハレーが主人公だ。スター騎手だったがレース中に負傷して引退し、探偵会社で競馬業界事案の調査員として働いていたハレー。四十六歳の現在、つねに危険がつきまとう探偵業からは引退し、田舎に転居して妻と愛娘と平穏な日々を送っている。競馬界の重鎮、サー・リチャードからレースの不正に関するリストを持ち込まれても調査を拒否。しかし、ほどなくリチャードが不審な死を遂げたうえ、何者かがハレーに脅しの電話をかけてくる。家族を守るため、自身の矜持のため、ハレーは行動を起こす。

 厄介事に巻き込まれ追い詰められ、絶体絶命の状況からの起死回生、というストーリーはフランシス親子の得意技といっていいだろう。前妻の父親であり、よき友人でもある元海軍提督のチャールズや、調査員時代の仲間、チコ・バーンズといった懐かしい面々も登場。とはいえシリーズ未読でも十分楽しめる内容だ。

 シッド・ハレーがはじめて登場したのは父・ディックが一九六五年に発表した『大穴』(菊池光訳、以下すべてハヤカワ・ミステリ文庫)。この時ハレーは三十一歳。騎手を引退後、探偵社では雑事しか任されず、妻(前妻。チャールズの娘)とは別居中。うだつのあがらぬ日々を無為に過ごしていたが、調査中に銃撃を受け、さらに競馬場をめぐる陰謀を調べるうちに、かつての気力を取り戻していく物語だ。ディックによるハレーものは他に『利腕』、『敵手』(いずれも菊池光訳)、『再起』(北野寿美枝訳)。『覚悟』は文春文庫だが、背表紙は既存作品と同じグリーンである。そんな配慮も心憎い。

新潮社 週刊新潮
2025年6月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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