『マクベス』
- 著者
- ウィリアム・シェイクスピア [著]/福田恆存 [訳]
- 出版社
- 新潮社
- ISBN
- 9784102020074
- 発売日
- 1969/09/02
- 価格
- 440円(税込)
人生ベスト10に入る傑作映画 着想を得た“不朽の逸品”の数々
[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)
15歳の時、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『地獄に堕ちた勇者ども』を観た。この映画は人生のベスト10の1本になると思った。再視聴して、10代の自分の予感は正しかったと納得。とてつもない傑作なのだ。
シェイクスピアの『マクベス』やワグナーの楽劇『ニーベルングの指環』の第4部『神々の黄昏』などに着想を得たというこの映画。謀略、権力闘争、小児性愛、近親相姦、血の粛清、ナチズム……。悪と血、倒錯と退廃に彩られながら、醜悪ではない。耽美的で重厚、そして壮大な作品なのだ。ヴィスコンティの美意識が作り出した完璧な構図と役者の動き。室内装飾には本物の美術品を使い、全てに妥協はない。
ヒトラーが政権を掌握し、暗澹たる時代が始まった’30年代前半のドイツ。鉄鋼財閥の当主エッセンベック男爵は、ヒトラーを嫌いながらも事業を守るためにナチスとの関係強化を考えていた。男爵の亡き長男の未亡人ソフィは、愛人である鉄鋼所総支配人フリードリッヒと共謀して財閥の支配権を手に入れようと男爵を射殺し、一族の者に罪を着せる。王を殺して自ら王となったマクベスとマクベス夫人の姿に重なる。『マクベス』で、王になると予言して破滅へと導く魔女は、男爵の従弟でナチス親衛隊幹部アッシェンバッハ。一族を操ろうと企む。ナチス突撃隊の幹部で男爵の甥コンスタンチンは、財閥家の権力の座を狙って暗躍するが、対立する親衛隊によって隊員もろとも粛清される。
『神々の黄昏』では神々と戦死した勇者たちの居城ヴァルハラが炎上する。画面に度々登場する溶鉱炉の真っ赤な炎は、権力欲に取りつかれ地獄へと落ちる者を待つ業火なのか。ナチスの謀略で一族が破滅に向かう中、ソフィの息子で少女性愛者のマーチンが母を犯す。衝撃的でおぞましい場面だが、陰影ある映像が絵画を思わせる。
ラストシーン、母とフリードリッヒの死体を前に親衛隊の制服姿でナチス式敬礼をするマーチン。震えるほど恐ろしくて美しい。だがナチスドイツはどうなったか。歴史を知る我々は映画の余韻に圧倒されながら、戦争の狂気にも震えるのだ。