『介護と相続、これでもめる! 不公平・逃げ得を防ぐには』姉小路祐著

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介護と相続、これでもめる!

『介護と相続、これでもめる!』

著者
姉小路祐 [著]
出版社
光文社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784334106218
発売日
2025/04/16
価格
1,012円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『介護と相続、これでもめる! 不公平・逃げ得を防ぐには』姉小路祐著

[レビュアー] 東畑開人(臨床心理士)

身内トラブル 生々しく

 大いにためになり、最高に面白い一冊である。なにせ介護や相続の実務的基本知識だけではなく、「介護は少なめに、相続は多めに」を目指す人のための「介護からの逃げ得をする方法」まで描かれているのだ。もちろん、これはミステリー作家でもある著者による皮肉であり、風刺だ。なぜなら著者自身が、高校の教員をしながら並行して作家生活を続けてきたが、親の介護のため、2008年に高校を退職、長い介護の果てに、身内との相続トラブルを経験しているからだ。

 他人事じゃないと思う。「介護は少なめに、相続は多めに」はどんな人間でも心の深いところで抱いてしまう暗い欲望であり、それはときに運命の導きによって実現する。親を亡くして、喪の最中にいる身内同士が弁護士を通じてしか連絡できなくなる。本書にはその痛ましい実例たちが小説家の筆致で生々しく描かれている。

 白眉は、日本の司法に対する提言を含んでいることだ。さらっと書かれているが、著者は相続をめぐって、最高裁を弁護士抜きの個人で戦い、見事に勝利を収めたというのだから、ただ事じゃない。そのうえで、司法関係者の多くが介護を実際に体験していないことから、相続をめぐる司法判断において介護が十分に評価されていないと著者は訴える。この怒りから、冒頭の逃げ得術が皮肉として記されるに至る。その当否は人によって様々であろうが、ケアの社会的価値はいかにあるべきかを深く考えさせられる意見である。

 シェイクスピアの『リア王』を思い出す。古来、介護と相続は人を狂おしくさせるものだったのだ。なぜならこの二つは、幼少期の満たされぬ愛や嫉妬のかさぶたを剥ぎ、上から塩を塗ってしまうからだ。まして高齢化社会を生きる私たちは、この本を通じて、自分もまた愛と金をめぐる剥(む)き出しの人間ドラマの登場人物になる可能性を実感するはずだ。そういえば、『リア王』の結末は関係者全員の死であったのだから、みんな予習しておいた方がいいと思う。(光文社新書、1012円)

読売新聞
2025年5月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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