『クビライ・カアンの驚異の帝国』
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『クビライ・カアンの驚異の帝国 モンゴル時代史鶏肋抄』宮紀子著
美味なる小ネタ 盛りつけ
題して「鶏(けい)肋(ろく)抄(しょう)」。「鶏肋」とは「三国志」の姦雄(ヒール)曹操が漏らしたフレーズだ。執着に値しないけれど棄(す)てがたい。そのままでは食べられない鶏ガラにも、美味が残っているからである。重箱のスミ・小ネタと言い換えてもよい。
古典・史料に沈潜する史家の営みは、知見の「鶏肋」を厖(ぼう)大(だい)に産出する。多くは細かすぎて、日常茶飯の小ネタどまり。やはりもったいない。
「神は細部に宿りたまう」。鶏肋は鶏をさばいてはじめて出てくるし、スミは重箱本体がなくてはありえない。そこから本質に達することもある。本体と不可分なら、不思議ではない。
そんな「鶏肋」を厳選調理して盛りつけた本書は、「時空を超えて」世界史を大転換せしめたモンゴル帝国そのものを映し出す。小ネタなだけに親しみやすい。
起稿当時は、ちょうどコロナ禍。ちなんだマスクから、「鶏肋」の連鎖がはじまる。80歳と異例の長寿を保った英主クビライの宴会にも、会食マスクがあった。そのクビライはいたくゾウがお気に入り、暴走したゾウの引く輿(こし)に乗っていて危機に陥ったこともある。
襲来を受けた日本でもおなじみ、趙(ちょう)良(りょう)弼(ひつ)や文天祥ら文人の実像も鮮烈。忠臣の鑑(かがみ)として仰がれてきた文天祥という偶像解析は仮借ない。
君主(カアン)がリードしてヨーロッパに及んだファッションモード、オルガンが奏でる宴会ミュージック、酒宴にまつわるエチケット。古典・稀(き)覯(こう)書、古器物・絵画のなかに閉じこめられて、日の目を見なかった「鶏肋」たちが、滋味あふれる食膳となって饗(きょう)せられた。鮮やかな資料さばきの下から、時代のうねりが髣(ほう)髴(ふつ)と浮かび上がる。
同時代の最も有名な書物は、いわゆるマルコ・ポーロ『東方見聞録』、その異称は「驚異の書」だった。同じくモンゴル帝国の所産なら、「驚異」とは題名に違(たが)わず、本書の形容にふさわしい。読み終えれば、蒙古襲来とは「日本の文化・生活の基層を形成」した謂(いい)だったことに「驚」くはずである。(ミネルヴァ書房、3080円)