『眠れる主権者 もう一つの民主主義思想史』リチャード・タック著

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眠れる主権者

『眠れる主権者』

著者
リチャード・タック [著]/小島 慎司 [監修]/春山 習 [監修]/山本 龍彦 [監修]
出版社
勁草書房
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784326451456
発売日
2025/04/02
価格
4,950円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『眠れる主権者 もう一つの民主主義思想史』リチャード・タック著

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

国民自身が変える憲法

 日本国憲法が定める国民主権の原理について、かつて文部省が発行した教科書『あたらしい憲法のはなし』(一九四七年)はこう説明している。「民主主義の憲法ですから、国民ぜんたいの考えで国を治めてゆきます」。

 だが、実際に立法・行政・司法の仕事を行っているのは議員や行政官や裁判官。定められた範囲の国民が選挙権をもっているが、投票する人が「国を治めて」いるとは呼びにくい。政治学や憲法学の通説は、十八世紀から普及した代表民主制(議会制民主主義)と、直接民主制との違いを指摘して、この問題を説明する。

 政治思想史の大家が著した本書は、テクストの精密な読解を通じて、そうした常識に激しく揺さぶりをかける。近代の初期に絶対君主制を擁護した著名な思想家として、ジャン・ボダンとトマス・ホッブズがいるが、この両者が「主権」と「統治」を鋭く分離して論じている事実に注意を促すのである。彼らの政治理論によれば、立法も含めた現実の「統治」の活動については、君主制・貴族制・民主制と複数の政府組織の可能性がある。しかしどの形であっても、その根(こん)柢(てい)には、国家を作り運用する基本的な取り決め(すなわち憲法)を承認した国民が、「眠れる主権者」として潜在している。

 やがて十八世紀のフランスにおいて、この発想はジャン=ジャック・ルソーに引き継がれ、アメリカ合衆国憲法の制定時にも一部で参照された。しかしその後の時代に主流となったのは、統治機関どうしの権限の大小にのみ着目し、議会が国民の意志の「代表者」として、最高の権力を行使すると説くような考え方である。

 著者はこれに対して、国民自身がときおり主権者として目覚め、憲法を変えてゆく「生ける立憲主義」の意義を説く。代表民主制の機能不全に対する不満の声が渦まく現代を、思想史の広い視野に位置づけ、読者の再考を促してくる好著である。小島慎司・春山習・山本龍彦監訳。(勁草書房、4950円)

読売新聞
2025年5月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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