末吉9太郎「笑ってしまった……そして苦しくなった。あの頃の自分すぎて」アイドルオタクを代表するインフルエンサーが“生々しさに”恐怖すら覚えた作品とは
レビュー
- Book Bang編集部
- [レビュー]
- (日本の小説・詩集)
『アイドルだった君へ』
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[レビュアー] 末吉9太郎(インフルエンサー)
末吉9太郎さん
令和のいま、日本にはさまざまなアイドルが溢れている。
90年代末から人気を博してきたモーニング娘。に秋元康プロデュースの48グループに坂道シリーズ、ももいろクローバーZなどの女性アイドルグループ。男性アイドルでは、Snow Manやなにわ男子などのスタートエンターテイメント(旧ジャニーズ)グループ、EXILE系グループらが活躍。さらに、「地下アイドル」と呼ばれる、小規模なライブハウスを中心に活動するアイドルたちも無数に存在している。
そんなアイドルを生々しく描ききった小説が、「めちゃくちゃ刺さる」と若者を中心に話題となっている。文庫本発売から1か月足らずで重版した『アイドルだった君へ』(小林早代子・著、新潮文庫)だ。
「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞した「くたばれ地下アイドル」をはじめ、アイドルだけでなくそのファンや家族に至るまでが描かれる同作に、アイドルオタクで知られる末吉9太郎さんは「怖い」とすら感じたという。末吉さんが恐れをなす程の作品とはどんなものなのか。寄せられた書評を紹介する。
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「笑ってしまった……そして苦しくなった。あの頃の自分すぎて」
「いずれみんなに知れちゃうことだから言うけど……、僕、アイドルやってるんだよね」
この台詞が冒頭に出てきて、一旦読むのをやめた。そして小躍りした。この台詞に胸が高ならないオタクはいるだろうか? ありがたすぎる。ありがとうがすぎる。そりゃ小躍りもする。夢に見た言葉すぎるのだから。これは入学したばかりの高校の図書館で、同じ中学出身だけど話したこともないような男の子から言われた言葉だ。シチュエーションもありがたすぎる。こんなご褒美が読み始めてすぐに訪れて良いのか? 天井を見上げてニヤついた。
この文庫本にはアイドルとオタク、そしてそれを取り巻く人々に纏(まつ)わる物語が5編収録されている。大手のアイドルから地下アイドル。男性アイドルから女性アイドル。男オタクから女オタクまで。もう全てのオタクに刺さる物語がこの本の中にある。笑ってしまった。なんだか見覚えのあるものばかりすぎたから。そして苦しくなった。あの頃の自分すぎて。
アイドルは不安定だ
先ほどの僕が小躍りしてしまった台詞は「くたばれ地下アイドル」という作品のもの。埼玉から東京の高校に通う女の子、種村さんと、同級生で秋葉原にあるステージカフェでこの春からアイドル活動を始めた15歳の内田くんのお話。知的キャラでいきたい内田くんにオススメの本やCDを教えて欲しいとお願いされ、連絡先を交換し距離が近づいていく。そして種村さんはそのステージカフェへ行くことになるのだが、もうそこから描かれるもの全てが秀逸すぎるのだ。顔の良い人気メンに偏った会場のペンライト、カッコ悪くはない惜しい顔の他メンバー、毛穴どころか奥歯の虫歯さえ見えそうな最前列、難易度低めの媚びた振り付け。笑いすぎる。ありすぎる。著者の小林さんも絶対ニヤニヤしながら書いてる(それはわからない)。そして登場するメンバーのブログである。まずライブに来てくれたファンへの感謝を綴り、振り付けを間違えたことのご報告、帰りに買ったコンビニスイーツを紹介し、最後にみんなのオススメのコンビニスイーツを問いかける。無理すぎる。面白すぎる。全アイドルが1回は通るフォーマットすぎる。各事務所にコンビニスイーツブログフォーマットが絶対にある。そして男性アイドルは特にこの内容でブログが書かれがちだ。極めつきが片手を頬にあてて両目をつむる写真である。つむんな。つむんのやめろと思いながら数々の片手を頬にあてて目をつむるアイドル達が脳内を駆け抜けた。その後、最前列で応援する熱狂的なファン、祥子さんも登場し、そしてそこから危うい展開になっていく。不安定であり人間の生々しさを感じる展開。
そう。アイドルは不安定だ。アイドル自身もその周りを取り囲む人々も不安定になる。そして、確かに人間なのだ。ほかの4編でもその不安定さと危うさと、そして人間なのだと気付かされる文章が沢山ある。
オタクの想像するその先の、本当にあるかもしれない信じたくないお話
「犬は吠えるがアイドルは続く」は、2人組の女の子アイドルのお話だ。アイドルに憧れたことがなく、街でスカウトされてアイドルになった希(のぞみ)と、小さい頃からアイドルになりたくて夢を叶えた蘭(らん)。華々しいデビューから、低迷期、そして再ブレイクが描かれる。仕事で多忙な日々、学生生活との両立、そしてやっぱり恋。途中、スタッフからの褒め言葉に甘やかな満足感を抱くようになってしまった。この人に喜んでもらいたい、と思うようになってしまった、とある。これが妙にリアルなのだ。ある。割とある。あると思う。小林さんにアイドル経験があるのかネットで検索してしまった。どうやら無いらしい。それなのにこれを書けるのが不思議で怖い(怖いはやめろ)。
「寄る辺なくはない私たちの日常にアイドルがあるということ」は、大手アイドル事務所の男子研修生を推す女オタちさぱいと、女の子のアイドルを推す男 オタ神谷のお話。飲み会で出会い、推しがいる事で盛り上がり、2人は推し方について意見をぶつけ合う。
――アイドルで疲れたくない。仕事じゃねーんだよドルオタは。――
オタクはアイドルで疲れすぎている。そう思う。楽しいだけでいいはずなのに。好きなだけでいいはずなのに。最初はそうだったのに。推しの応援の仕方、推しに求める恋愛観、情報が飛び交うSNS。時にオタクはアイドルにめちゃくちゃな事を求める。我々オタクはアイドルに対して不誠実なのか? オタクが誰しも悩んだことのあるオタク観。改めて考えさせられた。これからどのようにオタクをしていこうか?
本書にはその他に、親友の推しに顔を似せていく女子大生のお話「君の好きな顔」、そして元アイドルの子ども 同士の危うい関係と流出事件を描いた「アイドルの子どもたち」が収録されている。
5編ともあまりにオタクが読みたい作品だった。あの日の現場で起きた、あの日の推しの楽屋で起きた、今もどこかで起きている、そして我々オタクの想像するその先の、本当にあるかもしれない信じたくないお話。
オタクは絶対読んだ方が良いよ!!!