『珈琲怪談』
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東西の喫茶店をハシゴしながら怪異の香る四方山話が展開する
[レビュアー] 酒井貞道(書評家)
恩田陸が優れた語り部であることは周知の事実として、その力量は会話文に最も強く表れる。特に、登場人物のとりとめない会話が絶品だ。益体もない台詞の応酬が続くだけなのに、ぐいぐい読ませる。話題が頻繁に変わってどこに向かっているかわからないし、綺麗にオチが付くとも限らない果てしのない雑談が、実に楽しいのだ。会話の隅々に至るまで、情感や感傷が適度にほんのりと乗り、会話の当事者それぞれの人格や個性が自然と読者に届く。
『珈琲怪談』は、この至芸に強くフォーカスした一冊だ。なにせ作品のほぼ全てが、四方山話で構成されている。会話の当事者は四人の中年男性(腹が出ている者もいる)であって配役はおよそキャッチーではないし、中心軸のない話題は常に発散気味だ。それでも読ませる。面白い。そして怖い。
若干先走ったが、本書は六篇から成る連作短篇集である。飄々とした音楽プロデューサー塚崎多聞が、彼の友人である外科医、検事、作曲家と、休日に予定を調整して集合し、京都、横浜、東京、神戸、大阪、再度の京都で喫茶店をハシゴしながら、四方山話を展開していく。話の内容や順番、店での注文内容には厳格なルールがあるわけではなく、半ば定番化する事項こそあるが順守されるとは限らない。つまり、ゆるいのである。四人も和気藹々と――中高年の気の置けない友人同士には性別問わずありがちな、あの独特の雰囲気で――話しており、カフェでは結構な割合で酒も飲む。
のんびりした、明るく楽しい休日の過ごし方だ。ところがここに、摩訶不思議な怪異のエピソードが、不気味にまろび出て来るのである。何が起きたかが明確になる話は稀であり、よくわからないものが、よくわからないまま蠢いたとしか描かれないことが多く、登場人物が明確に恐れ戦(おのの)く描写も少ない。しかし、背筋が凍るホラーならではの場面も確かにあって、そこがまた印象鮮烈なのだ。
とりとめない気楽な会話が、心胆寒からしめる怪談とグラデーションで繋がる、独特の味わいが楽しめる練達の小説である。
なお主人公の塚崎多聞は、二〇〇〇年刊行の長篇『月の裏側』や二〇〇八年の連作短篇集『不連続の世界』でも、ホラー要素のある事件・事態に巻き込まれていた。加えて、後者では本書に登場する三人の友人に一方ならず世話になっている。多聞の性格や四人の関係性をより深く感得できるので、この機会に旧二作を読むのもオススメだ。