『ガザ、戦下の人道医療援助』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
あらゆる破壊行為が日常化した〈天井のない監獄〉での六週間
[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)
国境なき医師団(MSF)の緊急対応コーディネーターとして、二〇二四年八月から九月にかけてガザ地区で活動した著者が、自身の経験を克明に綴った六週間の記録である。
連日、昼夜を問わず戦闘機、戦車、ヘリやドローンを駆使したあらゆる破壊行為が日常化したガザにおいて、MSFは医療の砦として現地に留まってきた。
本書を読むと、その人道支援における緊急対応コーディネーターとは、究極のゼネラリストであることが求められる仕事なのだと分かる。物資の管理や人員の調整、現地の氏族との関係構築、常に変動する戦況下でのリスク判断――。感情に流されず、しかし感情を失わず、活動の中で直面する医療の限界も直視しながら、ぎりぎりの合理的判断を下し続ける。その重圧には想像を絶するものがあった。
また、本書はMSFという組織の理念と実践を具体的に理解できるという点でも意義深い一冊であるに違いない。
MSFが憲章に掲げる「独立・中立・公平」という原則がどのように現場で試され、守り抜かれているのか。著者は極限の状況の中での自問を通して、人道医療援助というものの本質をあらためて提示しようとしていく。
〈天井のない監獄〉と呼ばれるガザ。「人道」の名のもとに繰り返される「退避要求」と爆撃によって、物理的にも精神的にも追い詰められていく人々がいる。あらゆる状況が政治化され、国家の理屈によって人間の尊厳が無化される現実がある。では、目的に突き動かされた冷徹な暴力に対して、人間の理性と倫理は何をなし得るのか。著者は問い続ける。
医療、戦争、政治、歴史――様々な命題が複雑に交錯する紛争の最前線を記録したこのレポートは、静かな筆致であるが故に力強い。事実を以て多くの問いを投げかけ、それを読者に託そうとする意志が届く。