『佐藤春夫中国見聞録 星/南方紀行』
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ふむ大明が半分無くなるのか
[レビュアー] 北村薫(作家)
名著には、印象的な一節がある。
そんな一節をテーマにあわせて書評家が紹介する『週刊新潮』の名物連載、「読書会の付箋(ふせん)」。
今回のテーマは「占い」です。選ばれた名著は…?
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占いも壮大なものになると、国家の行く末が対象になります。
佐藤春夫の「星」のその部分は、いかにも文字の国の物語らしく、一読、忘れ難いものです。
佐藤は、古くからの伝説を、短い断片を繋ぎ合わせるようにして、見事な織物に仕上げました。
陳氏三兄弟の末弟―陳三は自分の運命の星を見つけて祈ります。
私に世の中で一ばん美しい娘を私の妻として授けて下さい。又、その妻の腹に宿って出来る私の男の子を世の中で一番えらい人にならせて下さい。
人々の運命が動きだします。
結びに近く、皇帝思宗は、身をやつして、評判の易者を訪ねます。何もいわないうちに相手は、国運を占ってもらいに来たな―と当て、いいます。〈思いつく文字を言って見るがいい〉。
〈ユウ〉というと《憂国の憂か》。これはいけないと〈友情の友だ〉。すると〈反の字が頭を出しているな〉。しまったと、〈有利の有だ〉。
「ふむ大明が半分無くなるのか。」
「いや、いや。そのユウではなかった、」天子は慌てて打消した「私の言うのは癸酉の酉だ―来年は癸酉の年だから。」
易者は、どう答えたでしょう。今は、中公文庫の『佐藤春夫中国見聞録 星/南方紀行』で読むことができます。