『文品』
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<書評>『文品(ぶんぴん) 藤沢周平への旅』 後藤正治 著
[レビュアー] 砂原浩太朗(作家)
◆文章・文学に漂う気品
「文品」とは耳慣れぬことばだが、文章・文学に漂う気品ということだろう。まさに、作家・藤沢周平の精髄を言い当てているといっていい。著者の造語らしいが、このタイトルだけで快哉(かいさい)を叫びたくなる読者は多いに違いない。私もその一人である。
本書は、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞するなど手だれの書き手である著者が、長年愛読する藤沢作品を紹介・玩味するいわば文芸批評。といっても、しゃちほこ張った空気は皆無で、この上なく好きな作家と作品を闊達(かったつ)に語っているという印象を受ける。
19の章にわたり、藤沢の人生に即しつつ、さまざまな作品を取り上げてゆく。語られるのは、『用心棒日月抄』シリーズ、『三屋清左衛門残日録』、『蟬(せみ)しぐれ』など誰もが選ぶであろうラインアップもあれば、初期短編「木地師宗吉」のような珍しい作品もある。
私自身、藤沢作品を愛することにかけては人後に落ちぬという自負があるから、戯れに自分の好みと比べてみよう。ちなみに私のベスト3は、長編『風の果て』、『漆の実のみのる国』、短編「父(ちゃん)と呼べ」、裏ベストとして初期短編「割れた月」となる。
このうち長編2作は取り上げられていて、首席家老を主人公とする『風の果て』については、下級武士を描くことの多かった藤沢が、「未踏の領域へウイングを広げたい」という思いがあったのではと指摘している。私はファン歴のごく初期に本作と出会ったためもあり、この視点は極めて新鮮だった。一方で、短編2本はどちらも言及されておらず、微苦笑する思いでもある。
このように、藤沢作品の愛読者が本書をひもとけば、わが意を得たと首肯したり、あの作品はなぜ入っていないのかと自説を開陳したくなったりするだろう。それが楽しい。同好の士とテーブルを囲み、一献酌み交わしながら藤沢周平談議をしているような心地よい一冊なのである。
(中央公論新社・2640円)
1946年生まれ。ノンフィクション作家。著書『遠いリング』など多数。
◆もう1冊
文芸春秋編『藤沢周平のすべて』(文春文庫)