『ヨシモトオノ』
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絡み合う因果と不思議な出来事 十三篇の「吉本ばなな版遠野物語」
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
天井や柱の木目が見知らぬ人の顔に見えたり、自分しかいない部屋で別の人の存在を感じたり、子どもの時は毎日が恐怖と隣り合わせだった。
本書のタイトルは十三篇の「吉本ばなな版遠野物語」という意味だけど、知り合いがそっと語りだした不思議な出来事という感じがする。
読みすすめながらドキッとする。いつか、どこかで経験したことがある瞬間が織り込まれているからだ。
「花」という短篇にこんなフレーズがある。
「我々は、この世に、花を見にきてる。花が見たいから生きてる。でもそのことを生活してる途中で忘れちゃうんだよね」
「花」とは何なのか。物語の中にそれらしい答えはある。だけど物語から一瞬離れて読み手は自分の「花」を探してしまう。フィクションである小説が、人生の深いところへ刺さってくる不思議。自分の「花」を見失わないようにしなければ、と思った。
もっとも興味深かったのは「光」。著者が若かったころの実話、と前置きした一篇。
姉の友人の娘Aさんをめぐる話だ。中学時代は明るく元気だったAさんは大学生になって精神の調子を崩し、マンションから飛びおりてしまう。
著者の元には時折Aさんから悩み相談の電話がかかってきていた。しかし当時の著者にはAさんより優先すべきことがあった。Aさんが自死を選んだ事実についてさまざまに思考する。彼女を救えなかったという後悔ではない。また、自己弁護でも正当化でもない。
個人ではどうすることもできない現実がある。目に見えない念が絡み合うこの世は、そういった因果の中にあるのだろう。
冒頭に書いたように、子どもの感受性はそんな念を目にしてしまうのかもしれない。見えないものを見てしまうのは怖いけど、見ずにはいられない。怖くて滋味深く、心温もる短篇集。