『エステルの手紙教室』
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『エステルの手紙教室』セシル・ピヴォ著
[レビュアー] 宮部みゆき(作家)
文通で本音のやりとり
タイトルに名を冠されている女性主人公は、四十二歳の書店経営者、エステル・ユルバン。父親の死をきっかけに、彼女が「手紙の書き方講座」を開催しようと思い立つところから本書のお話は始まる。エステルは実家を出て自立した二十歳のころからずっと父親と文通を続けており、手紙は人生にとって大切なものだった。
募集をかけた結果、五人の応募者が決まった。ジャンヌ・デュピュイは孤独な老婦人。重度の産後鬱(うつ)で苦しむジュリエットとニコラのエストヴェル夫妻。仕事にやりがいを見(み)出(いだ)せないビジネスマンのジャン・ボーモン。兄を亡くした悲しみに打ちひしがれ、自身の未来を見失っている青年、サミュエル・ジアン。エステルはこのメンバーに、「エステルも含めた参加者のうち二人と文通すること」、最初の手紙で「あなたは自分の中の何と闘っているか」という質問に答えるようにという課題を与える。
書簡体小説には傑作・秀作が多い。それは手紙が、「誰かに伝えるために言葉を選び、文章を綴(つづ)る」という「物語」の原型だからだろう。一方で、手紙はとても個人的な秘密を吐露しやすい媒体でもある。エステルの生徒たちも、最初のうちは不器用に慎重に手探りしているが、文通相手との距離が縮まってくると、心のうちをストレートに表すようになる。エステル自身も、自分が投げかけた質問への答えとして、実は父親が自殺したことを打ち明ける。
世代を超えて理解と思いやりを与え合うジャンヌとジュリエットのやりとり。料理人のニコラと(たぶん燃え尽き症候群なのだろう)ジャンの男同士の本音の応酬。そして終盤でサミュエルが兄の死を受け入れ、乗り越えてゆくきっかけとなる発見は、日本のある場所に関わるものだった。彼がジャンヌに宛てた手紙の結びの一行で、本書も締めくくられる。
「あなたが元気でありますように」。田中裕子訳。(講談社、2420円)