『「国語」と出会いなおす』
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『「国語」と出会いなおす』矢野利裕著
[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)
教科書で文学 味わえるか
文学作品との出会いは国語の教科書という人も多い。では文学と国語は相性がいいかといえば、必ずしもそうではない。
作家宮本輝さんは1999年刊の「新潮」臨時増刊で、東北大学の国語の入試に挑んでいる。問題は、彼の芥川賞受賞作「蛍川」からの抜粋で、〈次の文章を読んで問いに答えよ〉。
「オレは作者やでぇ、満点に決まっとるやないか」。当初は自信満々だった。それが、傍線部で「阿呆らしゅうなって」と書いてある理由を50字以内で述べよなど五つの設問に苦心惨(さん)憺(たん)、悪戦苦闘。結果は100点満点で32点だった。
筆舌しがたい思いなどを言葉で表現する小説家は、どの一文にも様々な思いを込めていて、簡単に要約できるものではない。これに対してテスト問題は、本書の著者が言うように、〈あくまで問題文に示された情報のみで読解する〉。そこにズレが生じるのだ。
文学と国語の相性の悪さには他の理由もあると本書は分析する。〈学校で教わってくるような良識や常識といった「通念」を揺るがそうとするものが、「文学」にほかならないからです〉。
それゆえ「国語」に批判的な「文学高踏派」は、学校で学ぶ国語の価値を低く見積もり、「文学は学校の外で読むものだ」と主張することもあるという。これに対し、文芸評論家で現役国語教師でもある著者は、そうした〈エリート主義〉の発言は、本を読むチャンスの少ない家庭の子が文学と出会う機会を減らし、教育格差の容認につながると注意を促す。
そのうえで物語論、文学史の扱い方など難しい議論を解きほぐしながら、どうしたら教科書で読む物語の体験を広く豊かに共有させていけるかを、〈共通感覚〉などをキーワードに論じていく。
議論の進め方はまじめであっても肩肘張らず、しなやかで、文学をより身近に、国語をより楽しく感じさせていく。
芥川賞作家、滝口悠生さんに著者作成の試験問題を解いてもらったうえで行った巻末対談もお得。「書く・読む」を巡る現代文学最前線の対話になっている。(フィルムアート社、2530円)