『啓蒙の海賊たち あるいは実在したリバタリアの物語』
- 著者
- デヴィッド・グレーバー [著]/酒井 隆史 [訳]
- 出版社
- 岩波書店
- ジャンル
- 哲学・宗教・心理学/哲学
- ISBN
- 9784000616850
- 発売日
- 2025/04/25
- 価格
- 2,640円(税込)
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<書評>『啓蒙の海賊たち あるいは実在したリバタリアの物語』デヴィッド・グレーバー 著
[レビュアー] いとうせいこう
◆辺境であった民主主義の実験
例えば『ブルシット・ジョブ』によって、現代資本主義がいかに無意味な仕事を生み出し、その上でのみ成立しているかを説いた英国在住の米人類学者、アナーキストであった故デヴィッド・グレーバーの快作が翻訳された。それが『啓蒙(けいもう)の海賊たち』だ。
そもそも小さな公園での集会をオキュパイ運動へとつなげた活動家でもあるグレーバーがなぜ海賊を主題にしたかといえば、アフリカ南東の島マダガスカルを拠点とした海賊と、島の先住民、それも女性たちこそがおよそ18世紀に「自覚的なラディカル民主主義」の実験を行っていたと仮定するからだ。
そして歴史的なテキストから数々のフィクションまでをつなげて、グレーバーは理性的な「啓蒙主義」の源の座をヨーロッパから奪い取る。
事実、マダガスカル北東部に定住した大量の海賊が「ベツィミサラカ連合」という政治組織を作り、その子孫が今でも「頑(かたく)ななほど平等主義的」な民族のひとつであり、支配者を置かないおそらく氏族的な社会の実験を続けてきたとグレーバーは言う。
となると、私は16世紀に東アジアの海に勢力を置いた倭寇(わこう)のことを思い出す。倭寇という名前ではあるが、彼らは日本・中国・朝鮮・東南アジアの多国籍な海賊であり、多くの言語を操っただろうと想像され、ゆえに内部の権力も流動的だったのではないかと考えられるからだ。海という場所には固定的なヒエラルキーが生じにくいのかもしれない。
またグレーバーが亡くなった年に日本で出版された『女たちの中東 ロジャヴァの革命』のことも、いまだ生きている私たちは思い出す必要があるだろう。シリア北部ロジャヴァ自治区域で弾圧されてきたクルド人たちを中心に、抵抗運動側が「全員参加」の民主主義を実行し、さらには社会組織の指導者を必ず2人にして、そのうち1人を必ず女性にする実験が行われたのだ。
こうしてある意味辺境で自由平等が目指されたことを中央は積極的に忘れる。抵抗は思い出すことから始まる。
(酒井隆史(たかし)訳、岩波書店・2640円)
1961~2020年。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授。
◆もう1冊
『女たちの中東 ロジャヴァの革命』ミヒャエル・クナップほか著、山梨彰訳(青土社)