【解説】本格ミステリーの定番中の定番、密室もの。であると同時に、異色の名探偵ものでもある――『密室・殺人』小林泰三【文庫巻末解説:香山二三郎】

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密室・殺人

『密室・殺人』

著者
小林 泰三 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041152553
発売日
2025/05/23
価格
1,078円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【解説】本格ミステリーの定番中の定番、密室もの。であると同時に、異色の名探偵ものでもある――『密室・殺人』小林泰三【文庫巻末解説:香山二三郎】

[レビュアー] カドブン

小林泰三『密室・殺人』(角川ホラー文庫)の刊行を記念して、巻末に収録された「解説」を特別公開!

【解説】本格ミステリーの定番中の定番、密室もの。であると同時に、異色の名探...
【解説】本格ミステリーの定番中の定番、密室もの。であると同時に、異色の名探…

■小林泰三『密室・殺人』文庫巻末解説

解説
香山二三郎

 最近、他のジャンル小説に果敢に挑戦するミステリー作家が増えてきた──というと、いかにも新しい動向のように聞こえるけど、考えてみれば日本ミステリーのパイオニアである江戸川乱歩からして、本格ミステリーはもとよりSF、ホラー、幻想小説、時代小説等、多彩な作風を誇る書き手なのであった。その後多くの作家がジャンルに縛られずに活躍してきたのも、あるいは乱歩先生の影響なのかもしれないが、そうした特徴は決してミステリー系だけとは限らない。SF作家がミステリーを書いたり、時代小説作家がホラーに挑んだり、ジャンルの境界を軽々と越えてみせる例は今や珍しくも何ともない。それどころか各ジャンルのプロパー作家も顔負けの傑作をものにしてしまう手練さえいるのだ。
 小林泰三もまたそのひとりといっていい。
 一九九五年、「玩具修理者」で第二回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞してデビューを飾った小林は当然ながら“ホラー作家”というレッテルを貼られるわけだが、第一作品集『玩具修理者』(角川ホラー文庫)に表題作とともに収められた中長編「酔歩する男」はH・P・ラヴクラフトのテイストもまじえたハードな時間旅行SFだった。その後小林の“SF者”ぶりは広く認知されていくことになるが、実はそれ以外にもまだ隠し技があったのである。一九九八年一一月刊の第三作品集『肉食屋敷』(同)の初刊本あとがきで、自著についていわく、「結果的に、怪獣小説、西部劇、サイコスリラー、ミステリーというバラエティーに富んだ構成になった。小林泰三の作品世界を大雑把に摑んでいただくにはちょうどよかったのではないかと思う」。
 むろん収録された四編は作風がバラエティに富んでいるだけでなく、内容的にも独自の面白さに満ち溢れていた。してみると、今後もホラーとSFが活躍の軸にはなろうが、もはや単なるジャンル小説作家として扱うのには無理があるかも。かくて小林はジャンルを超越したエンターテイナー、次代を担う大型新人のひとりとして、ブレイクを期待されるようになるのだが、寡作のせいもあってか、それは新世紀に持ち越されることに……。

 話が先走ってしまった。本書はその『肉食屋敷』から遡ること四カ月、一九九八年七月、角川書店より書き下ろし刊行された著者の記念すべき第一長編である。それも表題からおわかりのように、本格ミステリーの定番中の定番、密室もの。であると同時に、異色の名探偵ものでもある。それまで著者のことをホラー/SF系作家だとばかり思っていた筆者にとって、認識を新たにさせられたいわくつきの作品といってもいい。
 そう、『肉食屋敷』の前にまず衝撃的なこの一作があったのだ。
 物語は私立探偵四里川陣が助手の四ッ谷礼子相手に消去法の是非を講じているとき、新たな依頼人が現れる。ふたりの知人谷丸警部の紹介だというその女は仁科順子と名乗り、息子達彦の容疑を晴らしてほしいという。彼の妻浬奈は亜細山にある別荘で達彦とその女友達や弁護士と過ごしているときに変死したらしく、警察も死因が特定出来ないようだった。直ちに現場へ向かった四ッ谷は、途中の列車で出会った老人たちから亜細山にまつわる不気味な怨霊伝説を聞かされるが……。
 この梗概ではうまく伝えられないが、この四里川探偵というのが、客の相手から現地の調査からすべて助手まかせという誠に横着なヤツなんである。谷丸にいわせれば「今回の事件が起きるまでは、自分の中の奇妙ランクのベストワンだった」と。探偵が探偵なら助手も助手、元警官だった四ッ谷も妙な能力を持っているのだが、それは後述するとして、ここでは大阪弁を操る四ッ谷のキャラクターと著者の面白怖いドラマ演出ぶりにご注目いただきたい。何を隠そう、筆者はこのふたつから人気TV/映画「ケイゾク」の中谷美紀と堤幸彦のコンビを思い浮かべたのである。むろん本書が書かれた当時「ケイゾク」は作られていなかったが、九五年放映のTVドラマ「金田一少年の事件簿」シリーズから、堤の凝った映像と面白怖いタッチはすでに光っていた。してみると著者は、冒頭のエピソードで論理的趣向を、横溝正史の岡山ものを髣髴させる列車内の出来事で怪奇趣向を呈示しつつ、さらに堤幸彦ふうのタッチで“雪の山荘もの”を物語るという新旧多彩な手法を駆使してみせたことになる。密室仕掛けもさることながら、実はそうした独自の語りの妙こそが本書の読みどころというべきなのではないだろうか。

▼さてここから先はいよいよ本書のキモに触れていく。当然ながら種明かしもあるので、まだ中身を読まずにこの解説文を読まれている人は必ず読了後にお目通しあれ。▲

    *

 そう、ホントのところ、密室ものとしての本書はさほど衝撃的なわけではない。むしろ古今東西の本格ミステリーのパロディ趣向で楽しませる作品だと思う。密室仕掛けについては、中盤、四里川が本件が何故“密室殺人”ではなく“密室・殺人”なのかを説いてみせるが、彼の説きかたは、たとえばジョン・ディクスン・カーの名作『三つの棺』(ハヤカワ文庫)で名探偵フェル博士が披露する“密室講義”や、それをさらに改良した江戸川乱歩の「類別トリック集成」(『続・幻影城』所収)等を思い起こさせずにはおかないだろう。また、一見横溝正史ふうかと思わせられた亜細山の怨霊伝説も実はラヴクラフトのクトゥルー神話をいただいていることは明らかである。
 実際、事件の真相は誠にオーソドックスで、その意味では実にウエルメイドな仕掛けというべきなのだが、それが衝撃的かというと首をかしげざるを得ない。かといって、「玩具修理者」からすでに露にされていたクトゥルー趣向も小林ファンにはお馴染みといってよく、これもまた衝撃的というわけにはいくまい。
 恐らく著者もその辺は確信犯だったと思われる。
 何せ本書の最大のショックは探偵の造型にあったのだから。ふたりの「日本一変わった探偵」否「世界一異常な探偵」ぶりこそが密室以上の大仕掛けだったのだから。
 前述したように、本書の読みどころは語りの妙にあるが、それはこの仕掛けの伏線が実に巧みに張りめぐらされていることからも明らかだ。その点本書は二度楽しめること請け合い。ただ著者が罪作りなのは、事件の真相は明かしてもその真相を明示しなかったことで、巷では諸説紛糾したとも聞く。著者によれば、探偵の正体については五通りの解釈が出来るというのだが、筆者には三通りしか浮かばず、しかもそのうちひとつは著者の解釈外だったというオマケ付き。筆者の三通りとは、①本当に四里川という青年探偵が存在していた。②彼は幽霊だった。③彼は四ッ谷のもうひとつの人格だった、というものだが、著者に倣って、どれが真相なのかはここではあえて追究しないし、残りの三つの解釈についても伏せておきたい。冒頭の『鏡の国のアリス』の引用文をじっくり検討されたい。
 筆者はこのヒロイン像やドラマ設定から、筒井康隆の七瀬シリーズや『ロートレック荘事件』(新潮文庫)へのオマージュを感じたのだが、果してそちらの真相はいかに。

 四里川陣&四ッ谷礼子コンビによる四・四シリーズ、当然ながら第二作を望む読者も多いことだろう。だが著者の新世紀最初の長編はもちろんハードSF。二〇〇一年HAL、否、初夏、本書と時を同じくして刊行されるそのタイトルは『AΩ』(角川書店刊)。SF者の血が騒ぐであろうこの年、著者の関心がミステリーから少し離れるのも、まあ致しかたあるまい。シリーズ第二作が書かれるとしても、まだ少し先になるかもしれない。

KADOKAWA カドブン
2025年06月17日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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