「普通の会社員」が書いた普通じゃないベストセラー
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

『会社員の哲学』柿内正午[著]
ベストセラーとは何だろう? たくさん読まれた本のこと?――だが、そもそも本を読むというのは数字の多寡では測れない、とても個人的な営みのはず。
今回取り上げるのは柿内正午『会社員の哲学』。ふだんは出版とは何のゆかりもない企業に勤める「普通の会社員」が、勤務外時間を利用して執筆、装画、組版、入稿、営業まで原則ひとりで担ってつくった本だ。
初版の発行は2021年11月。じわじわと売れ続け、一年半後には増補版を刊行。累計2500部にのぼる。
「卸値を5.5掛けで設定していて、原価を下げるために結構な部数をいっぺんに刷らなければいけないんですが……好きでやってます。増補版を出したとき、ちょうど開店するところだった水道橋の個人書店・機械書房さんが百冊仕入れてくださったんです」(柿内氏)
執筆のきっかけはコロナ禍に伴う勤務形態の変化だった。しばらくリモートワークでやりくりしていた会社の賃労働が、再び出社に切り替わった。「自分の考えや危機意識とは関係なく、組織や制度によって生活やふるまいが規定されてしまうことへの強い違和感がありました」(同)。
加えて「普通の人たち」という言葉の使われ方にも疑問があった。「人文書の世界では、サラリーマンは“現状を追認する大多数”として語られがち。でも、ほんとうにそうなのか? 会社員にも多様な価値観があるはずなのに、その一例すら読んだことがない。それなら自分で書くしかないと思ったんです」(同)。
近年はコミケ等の影響もあり、個人向けの受注に対応している印刷会社が増えたおかげで本を出すハードルが低くなっている。「知人の近況をリトルプレスで知る、なんていうこともよくあります。それは僕にとって、SNSのタイムラインを眺めるよりも“ほっとする”こと」と柿内氏は笑う。
「いいねやRTの数の論理に回収されてしまいがちなSNSの言葉と違い、リトルプレスの本はボトルメッセージに近い。大量に届けられないけど、その人の言葉とじっくり向き合う時間を与えてくれるものじゃないかと思います」(同)




















