『獄食』
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30年以上収監された長期受刑者が評する監獄内のリアルな食事風景
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
世にグルメ本は数多あれど食の本質に迫る作品は少ないと感じている。だが現代日本に美食批評家ブリア=サヴァラン『美味礼讃』に匹敵するような食の評論が現れた。
『獄食』は監獄内で供される食事を30年以上食べ続けてきた受刑者のリアルなルポルタージュだ。
著者が収監されているのは長期刑かつ犯罪傾向が進んだ受刑者用のLB級刑務所。罪や場所は明らかにされていないが、どうやら年齢は66歳で懲役は30年以上のようだ。
入所当時は30代で食べ物の好き嫌いが激しい筋トレマニア。頑固者で野菜が入っているものは一切口にしなかった。この時は「K子ちゃん」と呼ぶ栄養士の献立が最低最悪で、カロリーも足りなかったらしい。飢えるよりはと食するうちに旨味を知り薄味に馴れ、祝日に供される菓子や特別食を待ち望むようになる。
この著者、相当な教養の持ち主と見受けられる。趣味は勉強、原稿は当たり前だが手書き、読書は1か月で250冊読んだことがあるという。
三度三度の食事に対し、彼はその知識を総動員して表現するのだから見たことのない熟語のオンパレード。ある食事の比較を表現した“霄壌の差”の意味を調べた我との才能の差に愕然としてしまった。
さて栄養士が「Qちゃん」に代わり食環境が大幅に改善された。この味を表現することに著者はどんどん淫していき、読者の舌を刺激しまくる。規則正しい生活と、四季折々季節感あふれる食事を供する監獄って、なんだか住みやすそうだ。
『美味礼讃』のアフォリズムにこんな文章がある。
―食卓の快楽は年齢も身分も国籍も問わず、毎日享受することができ、他の快楽とともに味わうこともできるし、それらのすべてがなくなっても最後まで残る。(『美味礼讃 増補新版』中公文庫)
食の奥深さに唸らされた一冊だ。