「住宅地の区画を3分割し、白人、黒人、アジア系の世帯数をそろえよう」→何が起きたか? 橘玲が“最も考えさせられた矛盾”を語る

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超新版ティッピング・ポイント 世の中を動かす「裏の三原則」

『超新版ティッピング・ポイント 世の中を動かす「裏の三原則」』

著者
マルコム・グラッドウェル [著]/土方奈美 [訳]/橘玲 [監修、解説]
出版社
飛鳥新社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784868010845
発売日
2025/06/06
価格
2,500円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「住宅地の区画を3分割し、白人、黒人、アジア系の世帯数をそろえよう」→何が起きたか? 橘玲が“最も考えさせられた矛盾”を語る

[レビュアー] 橘玲(作家)


マルコム・グラッドウェル氏 (C)Shannon Greer

アイデアや商品が爆発的に流行するのはなぜか? 小さな変化が大きな流れに変わる「転換点」の見つけ方を世に広め、マーケティングの口コミ理論を確立した米ミリオンセラー『ティッピング・ポイント』(マルコム・グラッドウェル 著)。

その発売から25年、同著者によって全面的に書き直された新刊『超新版ティッピング・ポイント』が発売された。ここでは、科学的なエビデンスとエピソードに基づいた主張により、現代社会を動かす「裏の三原則」について語られている。

同書は主に米国での事象を分析したものだが、「いずれ日本でも同じことが起きるだろう」と語るのは、ベストセラー作家の橘玲氏だ。私たちが向き合うことになるという、橘氏が“最も考えさせられた矛盾”とはどんなものか。同書に寄せられた橘氏の「解説」から引用して紹介しよう。

25年前は、希望に満ちた「流行の法則」だった

 新世紀を迎えた西暦2000年、新進気鋭のジャーナリスト、マルコム・グラッドウェルが出版した処女作『ティッピング・ポイント』は全米ベストセラーになり、世界的にも大きな評判を呼んだ。本書『超新版 ティッピング・ポイント』(原題は『ティッピング・ポイントの逆襲』)は四半世紀後に書かれたその続編だ。

 水が熱せられると水蒸気に変わるように、ある相(フェイズ)が別の相に変わることを「相転移」という。ティッピング・ポイントはこの転換点のことで、小さな変化の積み重ねがある瞬間、突然大きな変化を引き起こす。

 20世紀後半になると、社会や自然は「複雑系のスモールワールド」だという理解が広がった。株式市場では一人ひとりの投資家が独立した判断を行なっているのではなく、他の投資家の判断(相場)に大きく影響され、それが暴落や暴騰の原因になる。ほとんどの場合、日々の株価はゆるやかに上下するだけだが、2008年のリーマンショックや最近のトランプ関税など予想外の出来事によって、統計学的にはあり得ない大きな変動が起きる。

「爆発的感染」の背景には複雑で緊密なつながりがあるが、それは均等ではない。日本の航空路線図を見れば、羽田空港や関西空港のように、規格外の影響力をもつハブがあることがわかる。こうした分布は、統計学が前提とする正規分布(ベルカーブ)ではなく、べき分布(ロングテール)と呼ばれる。

『ティッピング・ポイント』の魅力は、巧みなストーリーテリングにより、複雑系の世界(社会や市場)がどのような仕組みで動いているかを解き明かしたことにあった。そこで提示された三原則は、「少数者の法則」「粘りの要素」「背景の力」だった。

 これが読者を魅了したのは、著者自身が述べているように「希望に満ちた時代の空気にぴったりの希望に満ちた本だった」からだろう。この三原則を活用すればビジネスで流行をつくりだすことができるし、なによりも、小さな努力を続けていけば、いずれ「大きな変化」を生み出して世界を変えられるかもしれないのだ。
 

現代社会を読み解く新しい「三原則」とは

 
 その続編である本書『超新版ティッピング・ポイント』では、「社会的伝染」が新しい視点から論じられている。今回の(裏の)三原則は、「空気感」「スーパースプレッダー」「ソーシャル・エンジニアリング」だ。

 じつはグラッドウェルは、過去の作品の検証作業を別の本でも行なっている。やはり世界的なベストセラーになった2005年の第二作『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』は、直観(無意識)の驚くべき能力がテーマだ。

 その冒頭で紹介されるエピソードでは、アメリカの有名美術館が慎重な科学的調査を経て購入した「紀元前6世紀のギリシア彫刻」を、専門家がひと目で「なにかがおかしい」と見抜いた。わたしたちはこれほど素晴らしい能力を授かっているのだから、面倒な調査や検証などは放り出して、すべてを直観で決めればいいではないか。

 だがグラッドウェルは、2019年の『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ 「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと』で直観の負の側面に焦点を当てる。若い黒人女性の些細な交通違反を咎とがめ、犯罪者と決めつけて逮捕したあげく、拘置所での自殺に追い込んだ白人の男性警官は“邪悪なレイシスト”ではなく、自分の直観を信じただけだった。彼の直観は、偏見によって汚染されていたのだ。

『超新版 ティッピング・ポイント』でもグラッドウェルは、前作『ティッピング・ポイント』の「可能性の裏側」をテーマに選んだ。「軽くひと押ししただけで世界が動くなら、いつ、どこを押すべきかを知っている人々は大きな力を持っていることになる。それは誰なのか。彼らの意図は何なのか。どんなテクニックを使っているのか」というのが本書の問いだ。

飛鳥新社
2025年6月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

飛鳥新社

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