「知らないところに行きたい」そして「帰る家はないけれど、旅する場所はいくらでもある」

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「知らないところに行きたい」そして「帰る家はないけれど、旅する場所はいくらでもある」

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

『深夜特急』など長く読み継がれる作品を発表してきた沢木耕太郎が二十五年の歳月をかけて完成させたのが、第二次大戦中に密偵として中国大陸奥地へと潜入した西川一三を描く『天路の旅人』(上下巻)である。

 敗戦により西川はお役御免となるはずが、「知らないところに行きたい」という情熱に突き動かされるように、ラマ僧に扮したまま旅を続けた。

 西川自身が記した『秘境西域八年の潜行』という本を読み、帰国後は盛岡でひっそり暮らす西川と対話をくりかえした著者は、壮大かつ危険な彼の旅を再現し、旅人の数奇な人生を描き出す。

 与那原恵『帰る家もなく』(小学館文庫)は旅を続けるノンフィクション作家が新聞や雑誌に発表したエッセイをまとめたもの。

 十二歳で母を、十七歳のとき父を亡くし、きょうだいはいるが、実家はすでにない。「帰る家はないけれど、これから旅する場所はいくらでもある」と書く著者は、父母が出会った彼らの故郷沖縄をはじめ、千葉の内房や台湾、ソウル、福島へと足を運ぶ。日常から切り離された旅の途中の静かなひとときは、今は会えなくなった懐かしい人のことを思い出すのに一番ふさわしい時間かもしれない。

 武田泰淳『新・東海道五十三次』(中公文庫)は、昭和四十四(一九六九)年に毎日新聞に掲載された。いま読むと紀行エッセイのようだが、「自動車時代の東海道」を描く新機軸の新聞小説の試みである。

 現代の弥次喜多になるのは泰淳と夫人の百合子で、京都まで一気に進むのではなく、少し進んでは引き返す。途中で日産、ホンダ、トヨタの工場見学などもしている。

 担当記者の解説によると、泰淳にはこの後、「世界五十三次」をやりたい気持ちもあったそうだが、残念ながら病気で果たせなかった。

 百合子夫人は車を運転するだけでなく、彼女のドライブメモが小説の端々に活かされているそうで、記者は「合作」と書いている。第一次戦後派や第三の新人たちのマイカー事情まで書かれていて面白い。

新潮社 週刊新潮
2025年7月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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