『女の一生』
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ジャンヌは、夫の頭に並んで、ロザリの頭が枕の上にのっているのを見た
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

画像はイメージです
名著には、印象的な一節がある。
そんな一節をテーマにあわせて書評家が紹介する『週刊新潮』の名物連載、「読書会の付箋(ふせん)」。
今回のテーマは「不倫」です。選ばれた名著は…?
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モーパッサンの『女の一生』(新庄嘉章訳)を読むと、男女の同衾するベッドとは呪われた場所であるかのように思えてくる。
まず強烈なのは主人公ジャンヌの新婚の夜である。19世紀の当時、性に関する何の知識もないまま初夜を迎えたジャンヌにとって、すべては夫による一方的な暴力の行使であり、耐えがたい屈辱の体験にほかならなかった。先行きが思いやられる。
案の定、やがて夫が妻を裏切っていたことが判明する。夫婦は寝室を別にしていたが、ある夜、体の具合が悪くなった妻が不安に駆られて夫の寝室に飛び込んでみると――
「ジャンヌは、夫の頭に並んで、ロザリの頭が枕の上にのっているのを見た」
即物的な描写が恐ろしい。ロザリはジャンヌの乳姉妹で、忠実に尽くす女中。ところが夫は結婚前からこの娘に目をつけてもてあそび、不倫関係を強いていたのだ。
以後、モーパッサンはジャンヌの周囲の人物――父、母、さらには親しくなった近所の伯爵夫人――がみな、不義を働いた経験をもつことを明らかにしていく。ヨーロッパ近代小説は姦通を主題に発展したとはいえ、これだけ花盛りなのはあまり類例がない。
モーパッサンの母はシェイクスピアを愛読する教養豊かな女性で、不実で乱暴な夫に耐えられず別居して子どもを育てた。モーパッサン自身は精力豊かで多情な質だったが生涯結婚しなかった。ジャンヌの夫を自ら演じずにすんだのである。


























