「平成生まれのわたしには再現するのが難しい感情」……ラランド・ニシダさんが考え込んだ文庫とは

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「平成生まれのわたしには再現するのが難しい感情」……ラランド・ニシダさんが考え込んだ文庫とは

[レビュアー] ラランド・ニシダ(お笑い芸人)

ラランド・ニシダさん(お笑い芸人)のポケットに3冊

〈1〉『ユーチューバー』村上龍著(幻冬舎文庫、693円)〈2〉『ユーモアの鎖国 新版』石垣りん著(ちくま文庫、990円)〈3〉『自殺について 他四篇』ショーペンハウアー著/藤野寛訳(岩波文庫、770円)

 〈1〉は単行本も読んでいたが、文庫本を見かけて読み直した。語り口は自然体。著者がフィクションの中でみずからを描いたような作家、矢﨑健介の回想が多くを占める。過去の女性遍歴を訥(とつ)々(とつ)と語る矢﨑は過去を美化しない。投げやりなようで、文章全体からなにか諦めのような、人生の終わりを見据えた開き直りのような感情を(勝手にではあるけれど)受け取ってしまう。著者がどれくらい自分を投影しているのかは分からないけれど、彼の人生の片(へん)鱗(りん)が見え隠れしているように思われる。

 〈2〉は一九二〇年に生まれ、戦前と戦後の復興の最中で詩作を続けた石垣りんのエッセイ集。創作ノート的な面もあり、戦争の中で生き、戦後をどのように見つめてきたのかという独白でもある。表題作は戦時中、空襲のなかで日本刀を抱えて死んでいた男を揶(や)揄(ゆ)して笑う他人の話を聞き、軍国主義の中で死を美談とする価値観を破られた経験を書く。平成生まれのわたしには再現するのが難儀な感情ばかりがたくさん書かれていて、ひとつエッセーを読むたびに頁(ページ)を閉じて考え込んでしまう。

 〈3〉は自殺についてというタイトルではあるが、主に死生観を語った本であるとわたしは読んだ。ショーペンハウアーは文体に力強さが宿っていて格好良い。主著『意志と表象としての世界』は難解だが、この本は思想についても比較的とっつき易(やす)く思われる。=寄稿=

読売新聞
2025年7月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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