『罪びとの手』
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【解説】葬儀屋ミステリに再び挑んだ作品――『罪びとの手』天祢涼【文庫巻末解説:三島政幸】
[レビュアー] 三島政幸(啓文社岡山本店)
天祢 涼『罪びとの手』(角川文庫)の巻末に収録された「解説」を特別公開!

【解説】葬儀屋ミステリに再び挑んだ作品――『罪びとの手』天祢涼【文庫巻末解…
■ 天祢 涼『罪びとの手』文庫巻末解説
解説
三島 政幸(書店員・啓文社岡山本店)
川崎市内の廃ビルで発見された身元不明の男性の遺体。酔っぱらって、後頭部を壁に打ちつけた事故死ではないか、と簡単に済ませようとする検視官。しかし、川崎警察署の刑事第一課強行犯係の滝沢圭は、司法解剖を強く主張する。なにせ神奈川県警には、最近発生した「川崎市少女連続殺人事件」での初動捜査ミスから被害者を増やし、さらに捜査中に被疑者を死なせてしまったという負い目があり、二度と間違った判断をするわけにはいかないのだ(東京都では変死体は検案や解剖をする決まりだが、神奈川県はその限りではない)。果たして滝沢の希望通りに解剖してもらった結果、今回は事件性なしとの判断になった。
引き取り手のない変死体は、一旦葬儀屋に預かってもらう決まりだ。そこで引き取りに来た葬儀屋・御木本葬儀社の御木本悠司から、思いもよらない発言が飛び出した。
『このご遺体は自分の父親だ』と──。
御木本悠司の父、御木本幸大は、家業の葬儀屋を継いで順調に利益を上げて順風満帆だったのだが、二ヵ月前、六十歳を目前にして突然引退。息子の悠司に社長の座を譲っていた。そんな中での幸大の死。だが遺体を引き取りに来た悠司の言った一言が、滝沢の気持ちをざわつかせた。
「殺したか」
本書、天祢涼氏の『罪びとの手』は、序盤から不穏な展開を見せてくる。
本作の読みどころはいくつかあるが、まずはミステリとしての読みやすさを挙げたい。物語が徐々に複雑になっていく中、本作では要所要所で事件の疑問点を再確認しながら進行するので、ミステリの初心者でも読みやすい構成になっている。滝沢はこの事件に関する疑問点をこんな具合に、スマホのメモアプリに入力していく。
①あの遺体は、本当に御木本幸大なのか?
②腕時計が、死亡推定日時の二日前、六日午後十一時三十七分でとまっていた理由は?
③なぜ悠司は「殺したか」と呟いたのか?
この三つの疑問点(のちにもう一つ追加される)に、新情報が入るごとにメモが更新されていく構成になっているので、それまでの状況を再確認しながら読み進むことができる。この疑問点の振り返りは、最終章の解決編まで続くので、より分かりやすい。
もう一つの大きな読みどころは何と言っても、登場人物たちの人間ドラマの深さにある。
刑事・滝沢は、父も元刑事で、その優秀さは語り草になっていた。警察学校時代から父と比較されてきた滝沢は、どんな事件でも真摯に向き合い、丁寧に捜査しようとする。だからこそ、今回の不審死事件には気になるところが多く、徹底的に調べようとする。たとえ同僚や御木本悠司に疎ましがられようとも。
御木本葬儀社は引退した父・幸大の跡を継いだ悠司が経営しているが、幸大の死をきっかけに、悠司の兄・昇一が帰ってきた。悠司は幸大の葬儀を大々的にあげたいと言うが、昇一も、葬儀社のベテラン社員・伴藤もそれに反対する。亡くなり方が普通ではないので世間体もよくないし、なにより、幸大自身が「俺の葬式はあげないでくれ」と言っていたのだ。故人の遺志に反するではないか。
御木本葬儀社は「川崎市少女連続殺人事件」の三人目の被害者である矢坂陽菜の葬儀を執り行ったのだが、その通夜式で、幸大は名前を「はるな」と呼んでしまい、参列していた遺族から白い目で見られた。このたった一度のミスに責任を感じた幸大は、葬儀屋を引退してしまい、自分が死んでも葬儀をあげないように言っていたのだ。そんな幸大の葬儀を大々的にしようとする悠司の真意はどこにあるのか?
御木本昇一にはさらに大きな疑問があった。幸大の遺体を見たところ、どうしてもそれが父とは思えなかったのだ。確かに顔の造作は父なのだが、死体となって印象が変わったのだろうか? それだけではないように見える。
彼らに加え、御木本葬儀社の同業の葬儀社「春宝苑」の中守和哉やその養子の俊哉、御木本葬儀社の新人、長岡姫乃の物語が挿入され、葬儀社を巡る人々の物語がさらに深みを増していく。
そしていよいよ、御木本幸大の葬儀の日。ここで怒濤のクライマックスがやってくる。さすがに詳しくは書けないが、それまで整理されてきた疑問点のすべてが解明され、ここまでの人間ドラマも折り重なってドラマは鮮やかに終息する。天袮氏の見事な筆運びをぜひご確認いただきたい。
ところで、天祢氏が葬儀屋を舞台に描くミステリは今回が初めてではない。『葬式組曲』(文春文庫)という連作短編集がある。「北条葬儀社」が葬儀をあげる人々にまつわる謎を解いていくシリーズで、葬儀という儀式を扱いながら、意外性溢れる謎解きと、最終話での思わぬどんでん返しが効いた作品だ。「本格ミステリ・ベスト10」でベストテン入りし(第7位)、第13回本格ミステリ大賞の候補作となり、また、収録短編の「父の葬式」が第66回日本推理作家協会賞の候補にもなった(短編部門)。『キョウカンカク』(講談社)で第43回メフィスト賞を受賞してデビューした天祢氏にとって、ひとつの転機になったのが『葬式組曲』ではないかと思う。
そんな葬儀屋ミステリに再び挑んだ作品となった『罪びとの手』もまた、天祢氏にとっての自信作のひとつではないか、と感じている。
天祢涼氏は実に多彩なミステリを世に出し続けているが、ミステリとしてのサプライズを常に意識しており、硬軟取り混ぜた作品群でも、必ずと言っていいほど、何らかのサプライズが用意されている。
私が特に評価するのが『希望が死んだ夜に』(文春文庫)に始まる生活安全課の刑事「仲田蛍」シリーズ。少女たちの繊細な心理描写を中心に、社会性が高く、重いストーリーでありながら、クライマックスのどんでん返しに愕然とするはずだ。
その一方で、比較的軽い気持ちで読めるシリーズもある。千葉の書店員たちが選んだ第18回酒飲み書店員大賞を受賞した『謎解き広報課』(幻冬舎文庫)や「境内ではお静かに」シリーズ(光文社文庫)がそれだ。
また近年では、神社の木の洞を使った手紙のやり取りで交換殺人を計画する『拝啓 交換殺人の候』(実業之日本社)、巧妙な仕掛けに翻弄される『彼女はひとり闇の中』(光文社)、好きな人の過去の犯罪を知って揺らぐ始まりから、予想外の展開になっていく『あなたの大事な人に殺人の過去があったらどうしますか』(角川春樹事務所)などを発表している。それぞれに読み応えがあり、ミステリとしても完成度が高い。個人的には、もっと評価され、売れるべき作家ではないかと思っている。
昨今では作家本人がブログを持ったり、SNSで発信するのが当たり前となっている。発信の仕方や頻度は作家によってまちまちだが、とりわけ天祢涼氏はSNSの発信に熱心なことにも触れておきたい。自著の宣伝はもとより、サイン本が置いてある書店の情報を告知し、完売した店舗からの連絡があると即座に更新するほどのマメさが感じられる。そのためもあってか、書店員のファンも多いようだ。目利きの書店員をも唸らせる作品をこれからも発表していくだろうことを期待したい。



























