『ラストインタビュー』
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[レビュアー] 藤田香織(書評家・評論家)
書評家の藤田香織氏は、ジャニー喜多川氏による性加害を「知らなかった」と述べていた藤島ジュリー氏に対して、「そんなことってある?」と思っていたという。
にもかかわらず藤田氏が、早見和真著『ラストインタビュー 藤島ジュリー景子との47時間』を読んで、ジュリー氏の言葉に納得できたのはなぜなのか。
藤田氏による同書のレビューをお届けする。
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いや、そんなことってある? と思っていた。
一連の性加害問題が大きな波紋をよび、「ジャニーズ事務所」という大手芸能プロダクションが激しく揺らぎ、結果として廃業を決める過程で、代表取締役社長を務めていた藤島ジュリー景子氏は、繰り返し「知らなかった」と述べていた。もちろん、叔父・ジャニー喜多川氏の性加害について、である。
ジュリー氏が発した〈知らなかったと言うことを言い訳にするつもりは全くありません〉〈知らなかったでは決してすまされない話だと思っておりますが、知りませんでした〉といった文面は、この『ラストインタビュー 藤島ジュリー景子との47時間』にも引用されているが、テレビのこちら側で、特に強い思い入れもなく眺めているだけの身であっても、「ジャニーさんの噂」は、幾度となく見聞きしていた。
なのに親戚関係にあり、長年同じ会社で働いていた人が知らないなんて、あり得るだろうか。
本書を発売当日に購入し、早々に読んだいちばんの動機は「で、実際どうなの?」というヤジウマ心だった。興味本位でしかなかった、と言ってもいい。
そこにもうひとつ理由を付け加えると、聞き手が作家・早見和真であることも大きかった。端的に言って、なんで早見さんが? という疑問がかなりあったのだ。ここ10年ほどで、日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)や、山本周五郎賞を受賞し、近著『アルプス席の母』は、今年度の本屋大賞第2位にもなっている作家にとって、こんなふうに注目を集めてしまう仕事はリスクが大きいのでは? と思えた。
コンスタントに著作が発表・刊行され、その評価も高く、映画やドラマ、アニメやマンガ化された作品も数々ある(この秋、10月からは妻夫木聡の主演で『ザ・ロイヤルファミリー』がTBS日曜劇場枠で放送される)。早見和真は小説だけで勝負できる作家なのに、どうしてまたこんな仕事を? と不思議で、けれどそこが面白そうだな、と興味を引かれた。
その理由は、早々に明かされていて、大前提として、本書は早見さんや版元の新潮社が、ジュリー氏に話を聞かせてくれと持ち込んだ企画ではなかった。ジュリー氏自らが、〈自分の身に起きた一連の出来事を本にすることを考えている〉と早見さんと新潮社の編集者に伝えてきたのだ(その経緯は本書に詳しい)。編集者からは、いわゆるもっと大御所の作家ではどうか、という具体的な提案もあったというが、藤島ジュリー景子は、これまで噂や憶測で語られることの多かった自身について、自らの言葉で語る相手として早見和真を選んだのである。
インタビュアーが、ジュリー氏にとって都合のいい無名の御用達ライターではなく、誰かにあてがわれた大物作家でもないことは、結果として本書の読み応えを加速させている。読書好きだというジュリー氏は以前から作家・早見和真の著作を愛読していて信頼があった。そして作家としてのリスクを考えなかったはずはないのに引き受けた早見和真には、それだけの覚悟があったのだ。
一連の報道を受けての現状、母・藤島メリー泰子との関係性、小説家だった父・藤島泰輔の存在、自らの芸能活動、抱き続けていた専業主婦願望。フジテレビにコネ入社したと語り、ジャニーズ事務所を「手伝い」始めてからも叔父・ジャニー喜多川との関係は希薄だったと話す。妊娠、結婚、出産、離婚。深まるメリーとの確執。「かわいそう」だったというHey! Say! JUMPや関ジャニ∞が置かれていた状況。「ジャニーが推す」という意味、〈ジュリー派〉と〈飯島派〉、嵐やTOKIOの結成秘話、スキャンダル対応——。
最初に話せないことはないか? と聞かれ「ありません」と答えているジュリーは、けれど時々、言葉を濁したり言い淀んだり、押し黙りそうにもなる。そのたびに、早見は「ちょっとしつこく聞くんですけど」、「繰り返しになりますが」、「あらためて教えてもらっていいですか?」、「面倒くさい質問をしますが」、「その説明をお願いします」、「すみません、この感覚はきちんと言葉にしてほしいです」などと詰めていく。
読みすすめていくうちに、世の中に流布しているイメージよりも、藤島ジュリー景子という人物はあらゆる意味で「甘く」、「弱い」と思えてくる。それ故に追い込み過ぎると危ういが、攻めなくては話にならない、と考えていたであろう早見和真の構成力に唸る。ヤジウマ心的にも満たされたが、こうしたジュリーを喋らせるための塩梅が、読みものとしてとても面白かった。
さて。結果として本書を読み終えた今、個人的にはジュリー氏の「知らなかった」に納得している。早見が書き上げた原稿を読んでなお、「ウソはついていない」と言い切る彼女にとって、これが真実なのだ。


























