『教養としての落語』
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【毎日書評】一生モノの教養になる「落語」入門、ビジネストークにちょっとした小噺を
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
落語に興味はあるけれど、知識はないし、入口も見つからない――。
そんな思いを抱いている方もいらっしゃるかもしれません。そこでご紹介したいのが、『教養としての落語』(立川談慶 著、だいわ文庫)。著者はサラリーマン生活を経て立川談志18番目の弟子となり、2005年に真打ち昇進した人物です。
印象的なのは、落語の魅力についての以下の記述。
国内外問わず、自国の文化・伝統芸能は教養のある人にとって共通言語になりえます。「落語」を知るということは、日本の文化・伝統芸能を知り、日本人の価値観を知るということです。落語は、日本各国を旅せずとも、日本について深く知ることのできる最強のツールなのです。(「はじめに」より)
そこで本書では、タイトルにもなっている“教養としての落語”について、いままで一度も落語に触れたことのない人にも理解できるように解説しているのです。
基本的な知識はもちろんのこと、落語の歴史や知っておくと会話のきっかけにもなり一目置かれるような噺も網羅しています。さらに、そのほかの伝統芸能についての知識を、落語と比較しながらわかりやすく説明しているところもポイントです。
第1章「これだけ知っておけば間違いない落語の『いろは』」のなかから、3つのポイントをピックアップしてみましょう。
「古典落語」は著作権なしのカバー曲、新作落語はオリジナルソング
落語には「古典落語」と「新作落語」がありますが、両者の違いはなんなのでしょうか? まずは知りたいこの疑問について、著者はこう説明しています。
江戸時代に完成した落語の演目は、その後、明治、大正、昭和、平成、令和……と現代にまで伝わります。
その演目の数については、諸説あり、正確に把握することは困難ですが、「300くらい」というのが定説になっています。
それらをまとめて「古典落語」と総称しています。(31ページより)
「古典落語」について特徴的なのは、ほとんどの演目の作者が明らかになっていない点。和歌でいうところの「詠み人知らず」であり、現代の落語家はそれら「古典落語」の作品を、いつでも誰でも演じてよいのだそうです。
それどころか、話の細部を自由に演出したり、脚色してもOK。落語家によっては、話の結末を大きく変えることも珍しくないのだとか。
古典落語をきっちり踏襲して演じる落語家もいれば、その日のお客さんの反応を見ながら臨機応変にアレンジする落語家も。古典落語をベースとしていかに“料理”するかは、落語家ひとりひとりの裁量に委ねられているわけです。
このような「古典落語」に対して、現代の落語家が作った落語を「新作落語」と呼びます。これは、作り手である落語家の名前がはっきりしている演目のことです。
落語家の中には、新作落語を精力的に作り続けている人もいます。
たとえば、桂文枝師匠(六代目)もその一人です。文枝師匠は「新作落語」のことを「創作落語」と呼び習わし、すでに200を超える作品を発表しています。(31〜32ページより)
つまり音楽にたとえるなら、現代で演じられている新作落語は「オリジナルソング」、古典落語は「カバー曲」だというわけです。ただし現代の作品で「落語」と表現する際、たいていは「古典落語」のことを指すようです。(30ページより)
落語家はネタバレしている噺を何回もして、なぜ生きていけるのか
「古典落語」の噺の数がおよそ300であるのに対し、それらをカバーする落語家たちの数は1000人近く。現役の落語家1000人が、その3分の1以下の数である300の噺をカバーして活動しているところに、落語という世界の特殊性があるようです。
たとえば、ポップスや演歌などの歌謡曲のジャンルで、このような状況は起こりえません。
多くの歌手は、自分独自のオリジナル曲で勝負に出ようとします。
「他人の曲をカバーして勝負しよう」という歌手はすでにベテランで余裕があるか、ごく少数派であるはずです。
言い換えると、古典落語の噺は、いずれも完成度が高く、普遍性があり「時代を超えても受け入れられる力をもっている」ということです。(33〜34ページより)
歌謡曲の世界でも「多くの歌手がカバーしたくなる名曲」は存在します。しかし古典落語の場合は、ほぼすべての噺のクオリティがそれくらい高水準だということ。それは、落語が“スタンダードな芸能”である証拠でもあります。(32ページより)
「上方落語」と「江戸落語」はなにが違う?
落語には「上方落語」と「江戸落語」の2種類があります。その最大の違いは、「発祥した場所」。
「上方落語」とは、「上方」、つまり商人の町として繁栄していた大阪や京都などで生まれた落語を指します。
江戸時代まで天皇は京都に住んでいましたので、そのため京都を中心とする関西を「上方」と呼んでいました。(35ページより)
「上方落語」は、いまでいう大道芸のように野外で演じられることが多かったため、通行人の歩みを止めて聞かせる必要がありました。そのため三味線や太鼓などの楽器演奏を取り入れるなど、派手でにぎやかな演出が特徴だといいます。
「上方落語」に対して、「江戸落語」とは、文字通り江戸でできた落語をいいます。江戸といえば、幕府のお膝元ですから、100万人程度の人口の半分ぐらいが侍でした。「江戸落語」は彼らの間で「お座敷芸」として発展を遂げています。(35ページより)
また、高座で使用する道具にも違いがあるようです。たとえば「見台」という落語家の前に置く小さな机(布団や湯船を表現する)や音が鳴る道具「小拍子」(効果音を自分で出す)、落語家のひざを隠すついたて「膝隠し」などは「上方落語」でしか使われないのだそうです。(34ページより)
「落語について知りたいけど、寄席に行くのはハードルが高い」「日本人として、伝統文化を知っておきたい」など、落語に対する興味のあり方もさまざま。しかし、もしなんらかの関心を抱いているのであれば、本書は大きく役立ってくれることでしょう。
執筆:印南敦史
作家、書評家、音楽評論家。1962年東京都生まれ。広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、音楽雑誌の編集長を経て独立。「ライフハッカー・ジャパン」で書評連載を担当するようになって以降、大量の本をすばやく読む方法を発見。年間700冊以上の読書量を誇る。「東洋経済オンライン」「ニューズウィーク日本版」などのサイトでも書評を執筆するほか、「文春オンライン」にもエッセイを寄稿。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社、のちにPHP文庫)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)など多数。最新刊は『現代人のための読書入門 本を読むとはどういうことか』(光文社新書)。@innamix/X
Source: だいわ文庫


























