顔を潰された死体、村の掟に縛られた少女、無人島の連続殺人など、書評家がセレクトしたミステリ作品3選

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  • 正しい世界の壊しかた
  • ライアーハウスの殺人

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[本の森 ホラー・ミステリ]櫻田智也『失われた貌』/彩藤アザミ『正しい世界の壊しかた─最果ての果ての殺人─』/織守きょうや『ライアーハウスの殺人』

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 櫻田智也『失われた貌』(新潮社)は、山奥で発見された顔を潰された身元不明死体に関する警察小説である。著者は、J県警の捜査係長と部下の巡査部長を中心に据え、隣接するB県の警察との連携も含め、丁寧に彼らの行動を綴っていく。捜査の結果浮かび上がったのは、ある不倫だった─という具合に、道具立ては(特に後述の二作と比較すると)地味なのだが、ミステリとしての衝撃は相当だ。“あの描写がここに繋がるのか”という記述面の驚愕や、“あの人物はこんなことをしていたのか”という内容面の驚きが、後半で次々と読者を襲うのだ。そんな小説なのであらすじの詳述は避けるが、いやはや、刺激満点のミステリだった。なお、ページ数は少ないが、刑事の家庭ドラマも織り込まれていて、こちらもまたキラリと光っている。

 彩藤アザミ『正しい世界の壊しかた─最果ての果ての殺人─』(新潮社)は、いばらに囲まれた小さな村で暮らす未明という少女が主人公。大半の村人たちと同様に、神に選ばれたというこの村のなかだけで育った未明は、外の世界への好奇心が募り、禁を破っていばらを越えようとする。だが途中で瀕死の少年を発見したため、彼を連れて村に引き返した。未明の行動は村に波乱をもたらし、ついには殺人事件まで起きてしまう……。未明による謎解きは、過度にこの世界のルールに依存せず、一方でこの世界ならではの妙味もあってよいバランスだ。世界観そのものの“あらため”も重ねられており、世界観を取り込んだ謎解きとして力強い。物語としては、“異物”である少年と村との関係が、まさに今日的なかたちで表現されており、読み手を作品世界に引きずり込んでくれる。そのうえで提示される最終章には、読者も、そして登場人物たちも予想しなかったであろう出来事が記されている。重くて意外で、そして本書に相応しい最終章だ。ご堪能あれ。

 織守きょうや『ライアーハウスの殺人』(集英社)は、閉鎖環境での連続殺人を描いている。その舞台を用意したのは、莫大な遺産を相続した彩莉だ。彼女は、遺産の一部である無人島の建物を改装し、本格ミステリ風の殺人劇に適した館に仕上げた。彼女はその館に復讐のターゲットである二人を含む五人を招待し、館でメイド役を演じる協力者たちの手を借りながら、館に作った秘密の通路も活かして、二人を殺そうとたくらむ……。著者は相当に割り切りよく舞台を用意しており、まずここに好感が持てる。そのうえで、彩莉の視点を中心にこの物語を現在進行形で犯行計画が崩れていくサスペンスとして描き、同時にそれを犯人捜しの謎解きとして読者に示す。この構造とサスペンス&謎解きも魅力的だ。特に謎解きは、彩莉の推理と他の宿泊客の推理が、異なる情報に基づく異なる論理として組み上げられていて、複雑な味わいで愉しい。終盤にはツイストの連続もあってチャーミングな一冊だ。

新潮社 小説新潮
2025年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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