『残光そこにありて』
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[本の森 歴史・時代]佐藤雫『残光そこにありて』
[レビュアー] 田口幹人(書店人)
連日流れてくる、参議院議員選挙後も続く永田町の混乱を報じるニュース。僕たちは何を見せられているのだろうか。為政者たちの政治的駆け引きは、誰のためのものなのだろうかとさえ思えてしまう。
そんな中、今年はまだ4カ月程残っているが、2025年はこの一冊という作品に出合った。
『残光そこにありて』(佐藤雫/中央公論新社)である。
幕府の勘定奉行や外国奉行などを歴任。遣米使節として渡米し、西洋の先進技術や制度を学び、幕末の動乱期における幕府の財政や外交、軍制改革に携わり、日本の近代的な造船・工業の基盤を築いた幕臣・小栗忠順(上野介)の生涯を描いた作品だ。
物語全体を理解する上で重要な役割を果たしている序章「許嫁の贈り物」では、著者が思い描く忠順像が端的に表現されている。導入部として優れており、物語世界に引き込まれた。
また、そこには全ての章に通じるエピソードがちりばめられており、もし序章大賞なるものがあれば今年は本書が受賞するだろうと思わせる程だった。
第一章では、遣米使節として渡米した小栗が、日米修好通商条約で定められた同種同量交換という原則が守られていない状況を打開すべく、フィラデルフィア造幣局で金貨の成分を分析し、日本の貨幣価値を正当に評価させたエピソードが描かれる。
はじめて訪れた異国の地で、はじめて会う異人たちに対し、自分の意見や考え方を理路整然と臆せず伝える姿を描く過程で、世界を知り、己の使命を悟る小栗が表現されていた。
さらに、帰国する際に小栗が持ち帰った一本のネジが登場する。小栗は、どのような想いを抱きそれを持ち帰ったのだろうか。
一本のネジに旗本として生まれた自分を重ね合わせ、「百年後に生きる人にとってのネジであれたなら、それでいい」との強い決意をもって、ブレずに日本の近代化と百年後を生きる人のために政を為した小栗の様が丁寧に紡がれていく。
最期は、新政府によって逆賊とされ処刑されるのだが、旗本としての矜持を捨てず、己を貫きとおした小栗の姿に強く心を打たれた。
歴史に「たられば」はないのだが、武力で事を進める先に拓かれる道に希望は生まれないという信念を持ち、私利私欲ではなく、百年後に生きる人にとっての豊かさを求めた小栗。
そんな彼が、今の為政者を見たらどんな助言をするのかを想像しながら読み進めた。
最後にもう一度お伝えしたい。2025年は本書に出合えてよかった。


























