<書評>『戦下の読書 統制と抵抗のはざまで』和田敦彦 著

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戦下の読書 統制と抵抗のはざまで

『戦下の読書 統制と抵抗のはざまで』

著者
和田 敦彦 [著]
出版社
講談社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784065403365
発売日
2025/07/10
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『戦下の読書 統制と抵抗のはざまで』和田敦彦 著

◆調査から見える多様な実相

 戦時下に売れた本は容易に調べられるだろうが、それらが読まれたとは限らない。実際にどんな本が読まれたかを全国規模で把握するのは難しそうだ。著者は、確認できた1904(明治37)年から44(昭和19)年までの読書調査(180回以上)の結果を通してそれを探る。

 04年の読書調査は、東京高等師範学校附属小学校が児童の家庭に実施したもの。読書調査が増えていくのは20年代以降。20年代は文部省や自治体など行政主導の形で広がり30年代は教育機関や民間で広く実施された。調査の規模や方法がまちまちなせいか、それらを体系的にまとめた研究はほとんどないらしい。

 著者は児童、勤労青年、女性、学生に分けて調査結果を分析する。新潟や東京の児童対象の調査で好きな雑誌の上位に『譚海(たんかい)』が挙がる。20年創刊の『譚海』は稗史(はいし)小説や軍談戦記ものなどを当初載せていたが、40年から方針を変え、最終的には軍事関連の科学記事が中心となり、名前も『科学と国防 譚海』とした。これは「出版社側の時局への過剰な適応、忖度(そんたく)」という著者の指摘に注目した。

 女工たちに人気の雑誌は書店では買えない『泉の花』。40年の高等女学校の読書調査では、大迫倫子『娘時代』や小川正子『小島の春』など女性の「素人作家」が実体験をもとに書いた小説が好評だ。今はほぼ忘れられた作品だが、探して読んでみたくなった。

 42年に早稲田大学の学生に実施した読書調査で、ヒトラーの『我が闘争』や西田幾多郎の『善の研究』の人気が高いことも注目される。また著者は「兵書」にも触れる。陸海軍で一般兵の教育に使われた軍用図書の「兵書」。膨大な数が生産・供給されたが、戦後は焼却処分やGHQに接収されるなどしてたちまち姿を消したという。そういう運命の本もある。

 統制など複雑な事情や思惑が絡み合い、簡単には要約できない戦時下の読書。本書は読書調査の結果を自ら確かめながら、読まれた本の歴史を辿(たど)ることができる貴重な一冊だ。

(講談社選書メチエ・2090円)

1965年生まれ。早稲田大教授。著書『書物の日米関係』など。

◆もう1冊

『女たちの太平洋戦争』朝日新聞社編(朝日文庫)

中日新聞 東京新聞
2025年9月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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