【聞きたい。】櫻田智也さん　『失われた貌（かお）』

櫻田智也さん

■人間臭さで王道を刷新する

昆虫好きの優しい青年を探偵役にした「魞沢泉（えりさわせん）」シリーズで知られるミステリー作家が、満を持して初の長編を出版した。トリックの中心に据えたのは、推理小説では古典中の古典とも言える顔のない遺体。加えて、地方県警の刑事が主人公の警察小説という直球のミステリーだ。徹底して王道への挑戦にこだわったのには、横山秀夫さんの短編「動機」を読んだときの衝撃があったという。

「古典的な謎解きを、警察というリアリティーのある舞台でもできるんだ、ということにびっくりして。初めての長編は定番の素材をそろえて、それで推理小説が書けるかやってみようと思った」

主人公の日野雪彦は所轄警察署の捜査係長。顔がたたき潰され、両手首から先が切断された身元不明の変死体が山中で見つかり、日野は県警本部の検視官から早期解決のプレッシャーをかけられる。間もなく遺体は恐喝事件で服役していた悪徳探偵だったと判明するものの、失踪した父親を探し続けている少年が変死体のニュースを知って警察署を訪れる。「死体が入れ替わってる可能性」がないかと食い下がる少年を家に帰すが、日野は過去の身元不明遺体に関心を持つようになる。

話の序盤には無関係に見えた出来事が一つの真相へと収束していく構成は見事の一言。最大の読みどころは、現代に生きる組織人で、かつ一人の父親でもある41歳の主人公の姿だ。「情けない探偵みたいな、隙がある人物」を書きたかったという。

日野はうまく上司をやり過ごしつつ、捜査の隙間を縫って独自の見立てで動く。バーで痛飲して重要な証拠品の発見につなげるものの、ひどい二日酔いで部下にため息をつかれる。「ママにあやまったの？」となじる中学3年の娘の前ではたじたじだ。

「昔の推理小説には、人間の性格の一面だけをとらえて、『この人ならこうする』という論理の起点にする作り方が多かった。そうじゃないところから何が書けるのかを考えていきたい」。古典をこよなく愛しながらも、人間臭さでアップデートしていく書き手だ。（新潮社・1980円）