<書評>『光る夏 旅をしても僕はそのまま』鳥羽和久 著

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光る夏 旅をしても僕はそのまま

『光る夏 旅をしても僕はそのまま』

著者
鳥羽和久 [著]
出版社
晶文社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784794980113
発売日
2025/08/25
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『光る夏 旅をしても僕はそのまま』鳥羽和久 著

[レビュアー] 辻山良雄(「Title」店主)

◆見知らぬ土地で「他者」と

 著者の鳥羽和久さんは、長年福岡県で学習塾「唐人町寺子屋」を営んできた。教務と執筆活動の合間には、国内外の様々(さまざま)な土地を旅したが、その果実が、稀(まれ)な紀行文学とも言える本書だ。この本にはインドネシアのジャワ島やキューバのハバナ、ギリシャのクレタ島など、これまで鳥羽さんが訪れた、11の国や地域での出来事が綴(つづ)られている。

 多くの紀行文学では、まず旅の動機があり、その後何らかの出来事に遭遇し、それを乗り越えて旅の終わりを迎えるが、本書はそうしたお決まりのルートは辿(たど)らない。それぞれの章がはじまったとき、鳥羽さんはすでに旅の中にいて、読者も気がつけば鳥羽さんの旅に引きずり込まれている。話は別の話を呼び、その連なりは淡い詩のようだが、読むものに確かな実感を残していく──この本で鳥羽さんが書こうとしたのは、よろこびや不安など、わたしたちが知らない土地を旅するときに全身で感じている、旅の時間そのものなのだ。

 一つずつのエピソードは断片的で、不思議なリアルさがある。ハワイ島のツアーガイドが長々と話した陰謀論や、スリランカで出会った「俗物」の社長など、たとえ唐突に見えてもなぜか心に残る瞬間を、鳥羽さんは丁寧に拾い上げ、それに命を吹き込もうとしているように見える。実際わたしたちが旅先で出会うのは、整理された物語ではなく、時にわけのわからない、理不尽とも言える出来事である。鳥羽さんはそうした理不尽さに辟易(へきえき)しながらも、それが彼らの生きる世界なのだと認めている。この本ではそうした<他者>との応答があり、わたしたちはそのやりとりを通して、いま・ここを生き抜く力を得るのだ。

 情報技術が発達し、旅のあり様(よう)も、昔とは随分様変わりした。もはや「未知」や「冒険」といった言葉は力を失いつつあるのかもしれないが、それでも見知らぬ土地に身を置き、他者と触れ合ってみることで、現実に小さな風穴を開けることができる。本書はそれを実践した書なのだ。

(晶文社・1980円)

1976年生まれ。学習塾長、単位制高校長。『「推し」の文化論』など。

◆もう1冊

『最後の山』石川直樹著(新潮社)

中日新聞 東京新聞
2025年9月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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