『戦争に抵抗した野球ファン』
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<書評>『戦争に抵抗した野球ファン 知られざる銃後の職業野球』山際康之 著
[レビュアー] 山川徹(ノンフィクションライター)
◆統制下で娯楽守る覚悟
野球観戦が好きだ。戦時下に、敵性語排除の名のもとに、球団名や、ユニホームの文字だけでなく、ストライクなどの用語も日本語に変更されたのは知っていた。だが、“たかが”野球観戦が、戦時下に社会への抵抗と見なされるとは想像もしていなかった。プロ野球の前身である職業野球も、国策に迎合し、ファンもそれをよしとしていたのではないかと思っていたからだ。
本書は、兵役で選手が足りなくなっても、空襲下でも軍部の統制を受けても、球場に足を運ぶファンや、興行を諦めない野球人の記録である。
興味深かったのは、ルールの検閲だ。本来は9回表が終わった時点で後攻のチームがリードしていれば、試合終了となる。しかし陸軍の検閲担当大尉は、敵の殲滅(せんめつ)が陸軍の精神だから、勝敗に関係なく、9回裏も攻撃すべきだと主張した。娯楽である野球にも例外なく、理不尽が侵食した。
一方で野球人たちは強(したた)かだった。戦争協力を建前に入場料を軍資金として収める名目の試合などを催し、ファン獲得に利用する。戦火が拡大しても客足は途絶えるどころか、増加した。日中戦争勃発の1937年に約51万人だった観客は、対米開戦後の42年までに80万人を超える。著者は<娯楽もままならない窮屈な暮らしに対する国民の反動>と指摘する。
本書に登場する文芸評論家の青野季吉もそんなファンの一人だ。治安維持法違反で検挙された彼は、特高警察に監視されながらもスタンドに通い続け、巨人軍に拍手喝采を送った。野球観戦に覚悟が必要な時代だったのである。
興行の継続も社会への抵抗だった。名古屋軍の理事だった赤嶺昌志は、選手たちに徴兵逃れをさせるために、大学に入学させた。学徒出陣がはじまると球団は、軍需工場で選手を働かせ、出征を防いだ。
声を上げ、正面から力に抗(あらが)うことだけが、抵抗ではない。すべてが戦争に収斂(しゅうれん)される社会で、娯楽を楽しむ行為は時流への反発だ。“たかが”野球観戦は、ささやかな日常を守ろうとする庶民の無言の抵抗でもあったのだ。
(筑摩選書・1980円)
1960年生まれ。東京造形大前学長、ノンフィクション作家。
◆もう1冊
『兵隊になった沢村栄治』山際康之著(ちくま新書)


























