『風になるにはまだ』
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仮想と現実の交錯が問いかける、本当の「自分らしさ」とは
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
〈情報で構成された世界には風が吹くんですよ〉。この一文を読んだとき、どういうことだろうと引き込まれた。笹原千波の連作短編集『風になるにはまだ』の舞台は、病気や障害などの事情で肉体を捨てた人が、〈情報人格〉として仮想世界で暮らせるようになった近未来。第十三回創元SF短編賞を受賞した表題作は、情報人格になって十三年経つデザイナーの小春が、友人のパーティに出席するために、体格が近い大学生のからだを一日だけ借りる話だ。
小春は大学生に問われて、生身のからだと情報人格の違いを語る。そのときに出てくるのが〈風が吹く〉という言葉だ。人格の情報化技術が開発された当初は、仮想世界で永遠に生きられると思われていた。ところが、情報人格もいずれは〈散逸〉することが明らかになる。誰のものだか判別がつかないほど細かな欠片になり、ノイズとして仮想の街を吹き渡る情報が“風”と呼ばれているのだ。なんと詩的な表現だろうか。
自分もいつ風になるかわからない。そんな不安を抱えながら、小春は友人たちに会いに行く。思いどおりにならない他人のからだを通して、現実世界を鮮やかに感じる。とりわけ素晴らしいのが衣服の描写だ。登場人物が着る色とりどりのドレスのデザインと生地のテクスチャー。からだを失っても残る自分らしさとは何かを繊細な文章で描いた一編だ。
家族になじめず最愛の祖母とも離れ離れになってしまった中学生が仮想世界の不思議な庭園に誘われる「手のなかに花なんて」、苦痛に満ちた現実世界から解放された若い男女が仮想世界ならではの愛と幸福を追い求める「その自由な瞳で」など、他の収録作も魅力的。
読者にとっての物語も、わずらわしい肉体の存在を忘れて別の人生を生きられる一種の仮想世界だ。本書は美しい仮想世界に浸る喜びを味わわせてくれる。そして現実世界に新鮮な風を吹き込んでくれるのだ。


























