『国宝 上 青春篇』
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『国宝 下 花道篇』
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言語化された「芸道」に、終わりなき戦いを覚悟した
[レビュアー] 南沢奈央(女優)
7月、「ボンタンアメで尿意を抑えられる?!」というニュースが夕方の情報番組で取り上げられていた。そのときには、あぁ小学生の頃、あのオブラートごと食べる特別感も含めて好きなお菓子だったなぁと懐かしむと同時に、なぜこんなことが今話題になっているのか不思議だった。だがそのトイレ対策から元を辿ってみるとそこには、上映時間約3時間の映画『国宝』のヒットがあったのだ。
原作との違いや自分のイメージとの乖離が気になることが多いので普段あまりしないのだが、今回は映画に加えて、オーディオブックでも堪能。稀有な成功例と言えよう。まずは心地よい語りの文体が、オーディオブックにぴったり。Amazonのオーディブルでは尾上菊之助(現・菊五郎)さんが朗読。歌舞伎の台詞回しも見事に演じられ、文字だけではわからなかった声や音が聴こえてくる。絢爛さや美しさなど視覚的なものは映画によって補われ、様々な形で触れたことで何倍も深く作品世界に入り込むことができた。
でもやはりそれもこれも、吉田修一さんの圧倒的な言葉の力があってこそ。芸道の世界をここまで言語化できるのかと、分野は違えど同じ役者として鳥肌が立った。舞台に立つことの恐ろしさと恍惚感。舞台で一つの世界を作ることの難しさ、舞台の神聖さ……。主人公・喜久雄がうなされる、幕が開く直前なのに台詞がまだ入っていないと焦る悪夢は、10月に本番を控えているわたしも今、毎晩見る。「役者が立派なふりしてどうすんですかい? いいですか。立派な人間じゃねえからこそ立派ってこともあるんだよ」という言葉には、役者としてどのような人間であるべきか考えさせられ背筋が伸びる。
芸、表現を追求することは、答えのない問いと向き合い続けること、つまり終わりのない戦いだ。ときどき得られる喜びはあれど、苦しい。そこに居続けることは執念でしかない。純粋にうまくなりたい、極めたい、ゴールなんてないけれど。でももしもその先に、喜久雄が到達したような景色が待っているのであれば、迷わずにこの道を突き進みたい。そう覚悟を決め直した、俳優20年目の秋である。



























