北海道の地域社会と警察の現場を描き続ける佐々木譲が語る「道警」シリーズの第2シーズンの構想とは

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佐伯警部の推理

『佐伯警部の推理』

著者
佐々木 譲 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414920
発売日
2025/09/03
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

特集 佐々木譲の世界

[文] 角川春樹事務所


佐々木譲さん

直木賞をはじめ数々の文学賞を受賞し、警察小説から歴史小説まで幅広く手がけてきた佐々木譲さん。その代表作のひとつ「道警」シリーズは、北海道という地域社会の姿をリアルに映し出し、多くの読者に支持され続けてきました。

2024年に刊行された『警官の酒場』でシーズン1が完結。そして約一年半を経て、シリーズは新たな局面に入ります。

最新作の『佐伯警部の推理』では、主人公の佐伯宏一が警部へと昇進し、舞台も札幌から函館へ。物語のスケールを新たにしながら、第2シーズンが幕を開けました。

佐々木氏が新シーズンに込めた思いとは何か? 物語の構想とは? 長年の読者であり、元編集者の平岡忠則氏が、読者代表として佐々木氏に迫ります。

やっぱり佐伯に指揮をさせてみたい

――佐伯宏一警部補が警部に昇進しました。おめでとうございます。

佐々木譲(以下、佐々木) 取材でずいぶんお世話になった道警の人からある時期に、佐伯は刑事としてこれだけ優秀で活躍しているんだから、そろそろ警部にしてあげなさいよと言われましてね。道警シリーズ第一作目の『笑う警官』のときは特にそうですが、指揮官として非常に有能な人物にして描いた。ところが、そのあと干されてしまい、車上狙いとか事務所荒らしとか、地味な仕事しか任せてもらえなくなった。それでも腐らず、与えられた仕事をきっちりとこなし、その結果、大きな事件の解決にもつながった。第一シリーズであそこまで書いてくると、やっぱり佐伯に指揮をさせてみたいな、と思うようになり、警部に昇進させることにしたのです。

――上司からも、警部昇任試験を受けないかと説得されましたね。そして試験を受けることにして、東京府中の警察大学校での三カ月の研修を修了し、北海道に戻ってきました。

佐々木 役職としては課長補佐だけど、警部という肩書だとかなりのことができる。でも警察小説としては現場に行かないとつまらない。警察小説としてはやはり刑事が現場で活躍する姿が魅力的で、かっこいい。だから指揮官であっても佐伯を、なんとか現場に行かせたかった。さいわい函館警察本部ぐらいの規模だと、警部クラスでも現場に出て行かざるをえない。今回の『佐伯警部の推理』でも、佐伯が手が足りなくて受け持った現場に行ったら、実行犯たちがやってきて、追いかけて逮捕した。そういう現場のアクションを入れる形で書きました。

――舞台を函館にしたのは、なにか理由がありますか。

佐々木 警部に昇進すると異動しなければならない。そこで佐伯が今まで所属していた札幌大通警察署から、函館方面本部の函館警察署に転勤させました。転勤先としては旭川、北見、釧路、函館などの方面本部があるのですが、私が函館には馴染があったので函館にしたのです。小説を書くようになってからは、函館にはよく取材で訪れています。『エトロフ発緊急電』を書くときには、エトロフ島にいた人が函館に住んでいたので、話を聞きに行ったものです。

『武揚伝』(角川春樹事務所ハルキ文庫にて、上・中・下の三巻が発売中)を書くときにも、何度も函館に取材に行きました。榎本武揚は1868年に函館で蝦夷ガ島自治州を樹立したが、翌1869年には明治政府軍が攻めてきて、函館で激しい戦いを繰り広げた。その戦いの様子は小説に書いています。榎本軍に参加して戦った土方歳三は、このときの戦いで戦死しました。五稜郭は公園になっていますが、榎本軍は五稜郭に立て籠もり明治政府軍の砲撃にさらされ、降伏したのです。余談ですけれど、気になることがあります。JR函館駅のコンコースに壁画のようなオブジェがあり、「箱館解放1869年」というプレートが設置されている。なにをさして箱館解放としたのか。1869年の榎本軍降伏をもって箱館解放としたのなら、榎本武揚の共和国は何だったのか、歴史上から消えているのか、ということになる。榎本武揚に肩入れしている私としては、不可解です。

庄司はワトソンみたいな存在です

――佐伯警部にとって函館は初めての赴任先で、知らない町です。部下の警官に捜査車両を運転させ、函館の町をあちこち巡回し、町並みや道路などを覚えていきます。

佐々木 事件が起きたら佐伯警部は現場に行き、捜査員たちを指揮しなければならない。函館の町のどこで事件が起き、犯人はどこからやってきて、どの方向に逃げたのか、などを推理するためには、指揮官の佐伯としては函館の町を知らなければならない。だから赴任してから二週間は、町にくわしい警官を案内役にして捜査車両を運転させ、建物や道路の名前などを尋ねながら巡回しました。そうやって函館をはじめ管轄内の地理を覚え、距離の感覚を身体にしみこませる描写は、読者にまず函館の地理を知ってもらうためのパートでもあります。

――佐伯が函館に赴任して初めて殺人事件が起きました。

佐々木 函館港の岸壁で、重しをつけられ、海に投げ込まれた死体が発見された。函館港殺人事件捜査本部が設置され、警部の佐伯が捜査の中心となり、捜査員を指揮して事件を解明していくことになります。札幌ではこんなとき、佐伯は捜査本部からはずされ、小さな事件の担当に回されていた。そこが大きな違いです。佐伯が札幌の町の中で窃盗事件の捜査をしているとき、殺人事件の捜査本部の捜査員と出くわして、捜査の邪魔をしないでくれよ、などと小ばかにされていた。函館ではそんなことはなくなった。

――佐伯は函館警察署に赴任して間もなく、上司から「佐伯の経験を存分にここで生かしてくれ。わたしは、判子をつくだけだから」と言われました。信頼されているんですね。

佐々木 札幌での佐伯の評判を聞いているという設定です。そういう職場環境だと仕事もやりやすい。捜査員も佐伯の指示に従って動き、犯人の逮捕にこぎ着けました。とくに今回は運転手兼函館案内役をつとめてくれた、庄司大輔巡査長には世話になった。シャーロック・ホームズとワトソンにたとえるなら、庄司はワトソンみたいな存在です。事件に関して庄司に仮説を立てさせ、佐伯は突っ込みを入れる。それは庄司の仮説を否定するのではなく、庄司と話しながら佐伯も情報の整理をしている。

館独特の古い歴史にからめた犯罪ものも、できるかもしれない

――そういうシーンを読むときは、読者も佐伯や庄司と一緒に推理をしているような気分になります。

佐々木 40歳の水戸静香巡査部長も、尋問でいい働きをしました。次回作にも登場し重要な役目を果たしそうです。彼女は若い時から中国語も習っている設定なので、もし中国人が被害者になる犯罪が起きたら、通訳なしでどんどん中国人への聞き込みができる。またパソコンのスキルが優れていて、欲しいデータをすぐに出してくれる女性職員などもいて、佐伯の脇を固めるチームができつつあります。キッチンカーでホットドッグを売っている、ファイターズの帽子をかぶった30代の男も情報屋として活躍させるつもりです。バー「内航船」も「ブラックバード」のような存在になるかもしれません。

――新シリーズの二作目が楽しみになりますね。

佐々木 ところが次回作をどんな事件にするか、少し迷っています。というのも函館は意外と小さな町なんです。函館方面本部の管轄の人口は40万。その中心の函館市が25万、隣の北斗市が4万5千。市はこの二つで、あとは江差、七飯町などの小規模の町になる。したがって犯罪のバリエーションが多くない。札幌のような人口196万の大都市だと、犯罪の種類には苦労しない。けど函館では苦労します。札幌では、たとえば三つの犯罪が同時に発生して、それぞれを別の捜査員が追いかけていったら、じつは三つの事件が関連していたというケースもあった。でも函館では三つの事件が同時に起こることはありえない。

――そこをなんとか物語をつくり出してください。読者は待っていますから。

佐々木 函館は開港場としての歴史のある町で、榎本軍が函館を占領し蝦夷ガ島自治州という共和国を樹立したころは、港には外国船が何隻も停泊し、函館市に隣接する七飯町では、プロシア人のガルトネルが洋式農場を拓いていました。そういう函館独特の古い歴史にからめた犯罪ものも、できるかもしれないと考えています。いま起きている犯罪を捜査していくうち、何十年も前の犯罪につながる、というようなケースも考えられる。外国の観光船も入港し、外国人の観光客も多い。そういう外国人がらみの犯罪もありえる。

――町が小さくて犯罪が少なくて困るけど、けっこう小説の題材はありそうですね。

佐々木 角川春樹社長から、スウェーデンの夫婦作家が書いた「マルティン・ベック」シリーズ(全十巻)のような小説を書いてみないか、と言われて書き始めたのが第一シリーズでした。第二シリーズは少し変わるかもしれません。警察組織と佐伯の対立はなくなるかもしれません。

【著者紹介】
佐々木譲(ささき・じょう)
1950年北海道生まれ。79年「鉄騎兵、跳んだ」でオール讀物新人賞を受賞。90年『エトロフ発緊急電』で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞、2002年『武揚伝』で新田次郎文学賞、10年『廃墟に乞う』で直木賞、16年に日本ミステリー文学大賞を受賞。著書に『ベルリン飛行指令』『裂けた明日』『闇の聖域』『左太夫伝』『秋葉断層』『遥かな夏に』「道警」シリーズなど多数。

構成:平岡忠則 写真:長屋和茂

角川春樹事務所 ランティエ
2025年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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