SF・ファンタジー界の女王、ル・グウィンの作品が胸に迫る

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク
  • 火明かり ゲド戦記別冊
  • 大いなる遺産 上
  • 歌の祭り

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

SF・ファンタジー界の女王、ル・グウィンの作品が胸に迫る

[レビュアー] 宮下遼(トルコ文学者)

宮下遼さん(トルコ文学者)のポケットに3冊

〈1〉『火明かり』アーシュラ・K・ル=グウィン著/井上里・清水真砂子・山田和子・青木由紀子・室住信子訳(岩波少年文庫、990円)

〈2〉『大いなる遺産』ディケンズ著/河合祥一郎訳(角川文庫、上下各1078円)

〈3〉『歌の祭り』ル・クレジオ著/管啓次郎訳(岩波文庫、1155円)

 SF・ファンタジー界の女王ル=グウィンの遺作を収めた『火明かり ゲド戦記別冊』。表題作は世界で最も有名な魔法使いの一人ゲドの最期を描く。ただ人となった彼が楽しげに辿(たど)る末期の回想は、いつも戦う作家であり続けた作者自らが人生を顧みるかのようで、ファンならずとも胸に迫るだろう。

 新訳で再読したのはディケンズ『大いなる遺産』。以前は社会と人間の関わりを描き尽くそうとするかのような十九世紀作家の熱量に翻弄(ほんろう)されるばかりだったが、社会や時代という遠景と細やかな人々の心の内という近景を等分に両立させる軽快な新訳が、本作を不朽の傑作たらしめるものの正体を際立たせるかのよう。つまり、大抵のものは生まれに左右されるという諦念がいかに蔓延(まんえん)しようと、善く生きるということは、それとはまた別であるという、人の生き方への楽観的な期待を思い出させてくれる。

 対する『歌の祭り』は、フランスの大作家が綴(つづ)る南北アメリカの先住民社会についての参与観察記。無文字文化の豊(ほう)穣(じょう)を綴る筆致は詩的な静けさを基調としながらも時折高ぶる哀惜や怒りという作家の直情によって、優越感と背中合わせの高慢な異文化観察とは一線を画する誇り高さを保つ。

 人間社会の在り方にただ一つの正解はない――作家たちが一様にそう言いたげなのは偶然とも思えない。=寄稿=

読売新聞
2025年9月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク