『南海王国記』
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倭寇の末裔・鄭成功の生涯を史実に忠実に、克明に跡づけた物語
[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)
本書の主人公は、中国大陸出自の父と日本の平戸藩士の娘の間に生まれた鄭成功。時に1644年、明朝が亡んで、満洲族の建てた清朝がその後釜に坐った時代、明朝の復興をめざして生涯をかけて戦った海の武人であり、もともと「海賊の子」、つまり「倭寇」の末裔である。
たまたま今年出した拙著『倭寇とは何か』で鄭成功に触れたため、評者のような歴史家に書評のお鉢が回ってきた。確かに鄭成功と言われて、すぐ腑に落ちる読者は少ないかもしれない。
日本でおなじみの中国史の英雄といえば、やはり『三国志』の諸葛孔明、『キングダム』の秦の始皇帝、『蒼き狼』のチンギス・カンあたりが相場だろう。それでも歌舞伎が好きな向きなら、『国性爺合戦』の元ネタと言えばピンとくる人もいるはずだ。
時代はおよそ半世紀後の元禄、近松門左衛門の代表作『国性爺合戦』。その主人公・和藤内のモデルが鄭成功である。正統王朝の明朝復興のため忠義を尽くす物語は、判官贔屓にして楠木正成に美をみる日本人好みだったのか、大坂竹本座で初演から十七ヵ月続演の大ヒットとなった。
和藤内の『国性爺合戦』はもちろんフィクション、勝利して明朝を復興してしまうけれども、現実の歴史はそうはいかない。鄭成功は台湾に本拠をすえるも、志半ばで早世、子孫が後継した政権も、二十年で大陸の清朝に屈服した。
そして本書は、あえてそんな史実に忠実に、「倭寇」の末裔が忠義一途の武人として戦い続けた生涯を細大もらさず克明に跡づけた。そつなく淡々とした筆致が、苛烈な境遇の伝達には、かえってふさわしい。
騒乱の時代、戦局混沌で叛服常無き情勢のなか、台頭した鄭成功の潔癖さが物語に一貫する。それに対して、海上勢力に屈従を迫りつづける大陸の王朝政府の態度も、なかなかにリアルだ。「南海王国」の存亡を左右した機微をうまく掴んでいる。
ヤボな史家が気になるのは、なぜ今あえて鄭成功なのか、という疑問。やはり近時のシナ海情勢、「台湾有事」がからんでいるのかもしれない。それでも歴史小説は娯(エン)楽(タメ)、疲れる現実から離れ、史実を偲んで楽しみたい。
鄭成功の建てた台湾政権を降し、物語の幕を引く施琅という老将は、拙著『倭寇とは何か』でも登場する。その眼前にひろがる「波静かな海」は、いつまで続いただろうか。現代の日本と台湾に住まう鄭成功の末裔たちも、やはり日々小説を満喫できる「波静かな海」を願っているにちがいない。


























