『オイディプス王』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
後代の思想・文学に影響大なる“父親殺し”の物語はここから
[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)
1960年代に最も注目された監督の一人がイタリアの鬼才ピエル・パオロ・パゾリーニ。作品のテーマと独創的な映像表現で世界を驚かした。ギリシャ悲劇を題材として撮った映画が2本ある。今回取り上げるのは’ 67 年の『アポロンの地獄』。原作は古代ギリシャの三大悲劇作家の一人ソポクレスが紀元前429年頃に書いたギリシャ悲劇の最高傑作『オイディプス王』。
古代ギリシャでは、アポロン神を祭った神殿で神のお告げ=神託が巫女を通じ伝えられ、個人や国家の運命を左右するほどの影響力があった。都市国家コリントスの王子オイディプスは恐ろしい神託を授かる。「母親と交わり、実の父親を殺すだろう」。彼は放浪の旅に出るが、その途中で馬車に乗った男と諍いになり、男と従者たちを殺してしまう。彼には知る由もなかったが、殺した男は実の父親で都市国家テーバイ(英語読みではテーベ)の王ライオスだった。旅を続けるオイディプスは、謎をかけてテーバイの人々を苦しめていた怪物スフィンクスを退治し、その功績により先王を亡くした王妃イオカステと結婚して新王となるが……。やがて自らの出生の秘密と罪を知るときが来る。妻であり実の母でもあった王妃は自殺し、オイディプスは狂乱と絶望の中で「もはや見てはならぬ。わが恐ろしき苦しみも呪わしき罪も」と叫んで自ら両眼を潰し、国を去ってゆく。
パゾリーニ監督はこのギリシャ悲劇をモロッコで撮影した。私たちが知る古代ギリシャの洗練された高度な文明、それは建築、彫刻、哲学、文学、幾何学、政治など全ての分野で後のヨーロッパの文明に多大な影響を与えた。しかし、映画の世界に登場するのは灼熱の乾いた不毛な大地と珍妙な衣装の人々。すべてが荒々しく原始的だ。そこで繰り広げられる物語は、人間の根源的な欲望が露わになったような異様な迫力がある。
映画の導入部は監督の生まれた1920年代のイタリア。乳飲み子を抱く美しい妻。軍人の夫は「愛する女を盗んだ」と赤ん坊に憎しみの目を向ける。母への思慕が強く、父が軍人だった監督の自伝的作品と言われる所以だ。


























