『最後の山』
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<書評>『最後の山』石川直樹 著
[レビュアー] 松村圭一郎(岡山大准教授)
◆記録の陰にある生と死に光
本書は、写真家の石川直樹氏が世界に14座ある8千メートル級の山の頂に挑んだ記録である。彼は当時最年少の23歳で七大陸最高峰に登頂した記録をもつ。14座すべての頂上から写真を撮る。それが石川の目標となった。
登山は不思議な営みだ。世界中の登山家が命をかけて「記録」を競う。同じ山でも、酸素ボンベを使わない無酸素登頂、単独登攀(とうはん)、女性初など、さまざまな「前人未到」が目指されてきた。本書にも「アメリカ人女性初」を競い合った2人の女性登山家の壮絶なドラマが記されている。
ふつうは記録を成し遂げた登山家だけが称賛される。先回りして登頂ルートを確保し、重たい装備を運びあげる「シェルパ」は匿名の存在として注目されることはない。
石川は、本書でそのシェルパたちに光をあてる。「裏方」だったシェルパのなかには、みずから新記録に挑み、登山を楽しむ若い世代が出てきた。だが当然、登山家もシェルパも、過酷な登山で命を落とす。遺体が回収できず、登山ルートにロープで括(くく)られたままになっている横を登っていく石川の描写は息をのむ。14座の登頂でも「死」はいつも紙一重のとなりにあった。
数々の山を一緒に登ってきたシェルパが亡くなり、石川は故人の写真を手に遺族を訪ねる。無事を祈って帰りを待つ家族がいて、彼らは過酷な仕事を全うしている。登山は登山家ひとりの力では成し遂げられない。本書は何度もその点に立ちかえる。
なぜそうまでして山に登るのか? その疑問がくり返し頭をよぎる。石川は答えを示してはいない。だが端々に8千メートル級の高峰でしか味わえない極限の感覚が記されている。「妥協して生きる日常生活では決して触れることのない最高密度の充実感に包まれる瞬間が必ずある」
この人間の限界に挑む石川の姿から、読者は逆に問い返される。「生きる」とはどんなことなのか、と。テクノロジーの進歩で何事も効率的にリスクなくやり過ごせてしまう時代だ。そこに生きている実感はあるのか? その問いが重く胸に響く一冊だ。
(新潮社・2420円)
1977年生まれ。写真家。『CORONA』で土門拳賞。
◆もう1冊
『増補新版 いま生きているという冒険』石川直樹著(新曜社)


























