<書評>『戦前 エキセントリックウーマン列伝』平山亜佐子 著

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戦前 エキセントリックウーマン列伝

『戦前 エキセントリックウーマン列伝』

著者
平山亜佐子 [著]
出版社
左右社
ISBN
9784865284744
発売日
2025/07/31
価格
2,420円(税込)

<書評>『戦前 エキセントリックウーマン列伝』平山亜佐子 著

[レビュアー] 寺井龍哉(歌人・文芸評論家)

◆常識打ち破る恐るべき行動力

 幕末から昭和にいたる激動の時代に、とりわけ波瀾(はらん)万丈で不可思議な人生を歩んだ女たち20名の列伝である。

 深谷(ふかたに)愛子は16歳でイタリア人狙撃事件を起こし、裁判での奔放な発言も物議を醸した。大石米子は養父による殺傷事件で両腕を斬り落とされ、手のない芸者として座敷に出た。阿部銀子(ぎんこ)は日清戦争の時期から国民に貯金を呼びかけ、軍事費として献上する運動を率いて「軍艦女史」と呼ばれた。

 江戸末期に生まれ、明治の初めに夫と死別した楠瀬(くすのせ)喜多が、戸主として選挙の投票権を行使しようとして拒否され、それなら戸税の納付義務もないという論理で滞納するくだりは、感動的でさえある。女性に参政権の認められる60年以上の前のこと、常識を打ち破る奇妙さの、恐るべき威力が露呈している。

 戦火や暴力に平穏を奪われた者もいれば、みずから異常な交際関係と境遇を選んだ者もいるが、津田梅子とも与謝野晶子とも一味違う、性や血や銭金にまつわる俗っぽい関心を惹(ひ)きつけるあたりにも、「エキセントリック」と呼びたくなる一因がありそうだ。

 新聞・雑誌の記事、関係者の証言が豊富に引用・参照される。これだけの材料があれば、各章はそれぞれ、ゆうに一本の小説になるだろう。明治半ばにシベリアに向かい、料亭などを経営しつつ諜報(ちょうほう)員として活動した出上(いでがみ)キクが、闇夜にロバを走らせて部隊に敵襲を知らせる。陶彫家・月谷(つきたに)初子が、何らかの事情で男装しているところを、交番の巡査に尋問される。いずれも魅力的な場面だ。

 しかし本書は、断片的な情報の集積から、各人のめまぐるしい行動や人間関係の変転を浮かびあがらせ、さらに独特の体臭のようなものを立ちのぼらせてゆく。推測や想像は抑制され、時には本人による回想を引用しつつ、その心理を代弁することはない。

 近代日本の政治史や文学史には、男の名前ばかりが並んでいる。そんなものは横に置いて、語られぬ思いに、じっくり思いをめぐらせたい。

(左右社・2420円)

文筆家、挿話収集家。著書『問題の女 本荘幽蘭伝』など多数。

◆もう1冊

『近代おんな列伝』石井妙子著(文芸春秋)。近代日本を生きた女性37人の列伝。

中日新聞 東京新聞
2025年10月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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