『ディノサンえほん きょうりゅうえんへいこう』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
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『中生代水族館』
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[文] 新潮社

木下いたるさん(左)こたさん(右) 撮影:坪田太(新潮社写真部)
「もしも絶滅した大昔の生き物たちに会えたら……」そんな想像を子供の時にしたことはありませんか?
「恐竜たちがのびのびと暮らす恐竜園」「たくさんの魚竜が自由に泳ぐ水族館」……そんな夢のような世界を絵本の中で描いた、『ディノサンえほん きょうりゅうえんへいこう』(新潮社)と『わくわく科学ずかん 中生代水族館』(大泉書店)。
ただの空想にはとどまらず実際の科学考証に基づきその世界観を実現させ、多くの子供たちから支持を得るこの2つの作品の著者である、木下いたるさんとこたさんにその制作秘話やそれぞれの子供時代を伺いました。
【「資料がない」「直しで赤ペンだらけ」絶滅した生き物を描く作家の苦悩【木下いたる×こた対談】(後編)】では、仕事観や作品の見どころ、今後の展望について伺いました。
きっかけは好奇心
――『きょうりゅうえんへいこう』『中生代水族館』両作品とも今では目にすることのできない生き物たちが動物園や水族館で飼育される空想科学的な絵本ですが、その世界観を思いついたきっかけは何でしょうか?
こた そうですね。今回はシリーズ2冊目で、『古生代水族館』(大泉書店)のところからアイデアは始まっているんですが、小さい時から妄想というか空想で絵を描くのが好きだったんです。僕はサメがすごく好きだったので、「サメだけがたくさんいる水族館があったらどんな感じだろう」とか妄想してよく描いたりしていました。その延長線上で、サメだけでなく実際には見られない、もう絶滅してしまった生き物たちがいる水族館があったら……って思いついたのが最初ですね。恐竜よりも昔にいた生き物たちって、子供たちだけでなく大人にもまだあんまり知られてないじゃないですか。だから絶対面白いだろうと思って。
木下 僕は「江の島の恐竜園」にしようと思ったのは実はわりと後からでした。初めは「自然保護区」のような広いフィールドの中に飼育されてるイメージでずっと描いていて、それが形を変えていき、日本でやるなら? そしたら海外のように広くもないし……と、現実的に皆が想像しやすいものを模索しました。日本の動物園のサイズ感や予算とかの規模感を当てはめていったら、「江の島」がちょうどいいなと。知名度もあるし。それと、島って自分の飾り付けっていうか……自分の島にするならどうしようかなって考えるのは楽しい。小さい頃にもよく想像していました。
こた 箱庭的な感じですよね。
木下 そう、箱庭みたいな。レトロな雰囲気で、ローカル感のある江の島に恐竜園を入れたら「恐竜」っていう壮大なテーマとのギャップが面白そうだと思いました。あとは「陸から1本しかない道も脱走防止にいいな」とか、現実的な側面からも決めていった感じです。
こた ちなみに恐竜にしようと思ったのは?
木下 実は恐竜以外の古生物って全然詳しくなくて。子供の頃、恐竜の図鑑しか持ってなかったので、他にいく機会もなく成長してしまい……。たまたま恐竜に思い入れが強いっていう感じですね。
こた 僕は逆に恐竜全く通ってなくて、ほんとに知らないんですよ。ティラノサウルス、トリケラトプスとか本当にメジャーなやつだけ……。生き物好きな父の影響で、魚類とか甲殻類とかが好きでした。あと、今もなんですけど、どちらかというと臆病な子供だったので、恐い・かっこいい系の生き物より、基本は可愛らしい方が好きで、古生代の生き物は結構かわいらしい・ちっちゃい生き物とかが多いので、ハマっていったっていう感じです。
体験型の子供時代
――幼少期の頃のお話が出てきましたが、お二人ともどんなお子さんでしたか?
こた 海とか川でよく遊んでいる子供でした。水族館とかも連れて行ってもらったんですが、結構周りに自然がたくさんある場所で生まれたので。
木下 どちらですか?
こた 新潟県です。新潟は海も山も近くにあったので、父が休みの時は一緒に川で生き物採集とか、海で磯遊びとかしてました。やっぱり水辺の生き物とのふれあいが、今につながっていったのかなとは思ってます。
木下 いや……僕……本当に……子供の頃の記憶がない(笑)。でも、たくさん生き物を飼育したり、それこそ僕も川遊びを多分よくしてました。手を岩の間とかに入れて魚を捕ったりとか、ちっちゃい魚をいっぱい捕まえて、天日干しして煮干しにしたりしてました。お腹が減ってたんで。生まれは山梨なんですが、すぐに引っ越して和歌山の田舎で育ったので、僕も川遊びや渓流の魚とかがすごく好きで。
こた はいはい、分かります。
木下 海の魚は詳しくないけど、渓流魚とか日本のああいう魚はすごい美しいなと思います。僕も魚や鶏・牛・豚とかの飼育経験が、今の漫画に結構影響しているかもしれません。あと、父親が絵が得意だったので、図鑑見て一緒に絵を描いたりしてました。図鑑で見た姿を、現代の動物と混ぜ合わせて想像するのが好きでした。「ここに恐竜がいたらどうだろう」とか、「牛のサイズが今より大きかったらもっと怖いかも」とか。図鑑が大好きな子供も結構多いと思うんですが、自分は幼少の頃は多分じっと本を読んでなかったんじゃないかな。絵はすごく描いてたんですけど。
こた 全く同じです。なんかもう……「描きたい!」ってなっちゃいます。
褒めも否定もしない親の応援
――ちなみに、お父さんと一緒に魚を見に行ったお話がありましたが、興味関心があることに対して親御さんや周囲のサポートとかはありましたか?

こたさん 撮影:坪田太(新潮社写真部)
こた 僕は一人っ子なんですが、教育方針というか……両親は僕が絵を好きなことをわかっているので、画材や資料になる図鑑とか欲しいって言ったものは買ってくれました。でも、あとは全く野放しで、自分が絵を描いていても興味を示してきたり、褒められたりとかはあまりなかった。逆に、「絵ばっか描かないで勉強もしなさい」とか否定されることもなく、好きにしてればって感じでした。うちは割とお互いがあんまり干渉せず、母親も父親もそれぞれ好きなことをしていて、逆にそれが自分は心地良かったです。別に「自分を見て見て!」って感じの子供でもなく、黙々と自分の好きなことができればいいやっていうタイプだったので。なので、もう膨大な数の絵を描いてきたんですけど、それがあったから今の僕があるのかなと思いますね。
木下 距離を置いて見守ってくれる感じですね。
こた そうなんです。でも、その時描いていた絵とかは全部日付付きで保管してくれていて、それはとても感謝しています。物置に溢れるくらい。
木下 確かに別に人に褒められたくて描いてるわけじゃないから、何も言われないのが一番かもしれない。僕は幼少期はそんなにないんですけど、高校以降は母がアメリカに行くのをすすめてくれたり、「どんどんやりなよ」って背中を押してくれました。ダメなことはダメというけど基本的には否定されることはなかったです。幼少期に父が亡くなっていて、今の父は母の再婚相手なのですが、その父も何も言わずに僕を尊重していろいろとサポートしてくれて。ただ、漫画でずっと目が出なくて、やっている間にだんだん30歳に近づいてくると、さすがに「就職先どうするんだ」とか周りから言われたりしましたが、母からは一回も言われなかったです。母とはわりと似ていて、よく喋るし喧嘩もするんですが、「どうすべきかは言われなくても自分が一番分かっている」ってところを分かってくれてたのかなって。それは結構助かりましたね。まあ、母が実際にどう思ってたのかは分からないですけど。
こた でも、応援してたんでしょうね。
木下 そうですね、多分。でも、僕の母親もこたさんのご両親と同じようにそこまで作品を褒めたりしないですね。本や絵本が出たら、「すごいね」って喜んでくれるけど、内容については特に言ってこない。意外とドライなんですよね。人に広めることとかはすごい好きなんで、いろんなところに広めてくれてはいます。
こた うちの母親も絵本に出てくる料理を実際に再現してくれたり、応援してくれるんですけど、過剰に褒めたりはしない。むしろ、対談やイベントの前に一応LINEをしているんですけど、ちゃんと毎回「謙虚でね」「礼儀正しくね」って釘を刺してくれます。多分、天狗にならないようにあんまり甘やかさず、その辺のラインをわきまえて応援してくれているのかなって感じはします。
木下 すごい。でも、僕も仕事上で一番大事なのはリスペクトだと思っているので、こたさんのお母さんのそういう所すごくいいなと思います。
こた 常に肝に銘じてます(笑)。
特技をつき詰めた結果
――「生き物好き」ってなると、研究者や飼育員とかいろんな道があると思うんですけど、絵本や漫画の道を選んだ理由や経緯があれば教えてください。
こた 僕は生き物が好きっていう一面もあるんですけど、それと同じぐらい鉄道や地理とかも好きだし、今は喫茶店も好きで。趣味が昔から結構多くて、万遍なくいろんなものが好きだったんで、選べないよって感じでした。生き物の研究者とかになって、鉄道は趣味にする形もあるんですけど、やっぱりどの夢も諦めきれないっていうか。でも、一番得意なのはやっぱ絵だなと思って、美大に行って、デザインやイラストとかを活かせる就職先を見据えていました。結果的に今こうやって絵本作家として、8月に『中生代水族館』、9月に『てつどうさがしえずかん』(KADOKAWA)が出せている。この仕事は全然違うジャンルの好きなことをできるので、この道が正解な気がします。
木下 こたさんは絵も上手ですけど、レイアウトっていうか、配置が上手ですよね。読んでいて、すごく見やすいなと思いました。僕はどっちかっていうと苦手なので……。
こた ありがとうございます。
木下 僕の場合は元々映画が好きで、映画監督になりたくて大学で勉強していたんです。でも、中々難しくて……。大学を休学している期間があって、その間お金もなかったので、漫画を描いて賞に出して賞金をもらおうという、少しよこしまな気持ちのスタートでした。美術系の高校に通っていた時、漫画っぽいものを描いてたんです。結局、賞は取れなかったのですが、自分で1作描けたっていう手応えがあって、大学に戻ってからも映画の勉強をしながらネームを切ってました。で、卒業のタイミングで「自分が何になりたいか」って考えたら、やっぱり漫画をやりたかったので続けることにしたっていう。自分のやれるところを伸ばしていって、たまたまデビューできたっていう感じ。でも続けていたのが強かったですね。本当にずっと続けていたから。
創作とインプット・アウトプット
こた 映画はもう恐竜、それこそ「ジュラシック・パーク」とかに限らず、一通り見るんですか?

木下いたるさん 撮影:坪田太(新潮社写真部)
木下 そうですね。ハリウッドの大作とかメジャーな映画も好きですが、どちらかというとミニシアター系や台湾の映画とかそういうのが好きなんです。変な映画、アーティスティックな映画に惹かれる傾向があって、メジャーな映画のシリーズの中でもあんまり売れていない作品の方を好きになっちゃう。例えば「ターミネーター」とかも「2」が傑作と言われて人気があるんですけど、「3」が好きで……。あと、ハリウッドゴジラの1作目「GODZILLA(1998)」は世の中的にはものすごく否定されたんですけど、僕はもう本当にあれが大好きで。ただ、漫画は仕事であり商業なんで、あんまりニッチな方の目を持っていても……。大衆的な目や感覚を持ってないといけないので、そこはちょっと難しい所です。
こた そのバランス、『ディノサン』はすごく上手いなと思って。ちゃんと「恐竜オタク」的なニッチな部分とかも取り込みつつ、キャッチーにまとめられているのがすごいです。絵本の『きょうりゅうえんへいこう』も、がっつり絵本かなと思って見たら恐竜の特徴だったりとか、図鑑的な要素も入っていて、それが載ってるのがすごくありがたいなと。
木下 ありがとうございます。昔から絵本を読んでいて、絵本はいつか出したかったので嬉しかったです。でも、やっぱり漫画と絵本は作り方が全然違うので、これはこれでまた勉強しないとなっていうのはあります。分かっていたことだけど、やっぱり実際やると本当に難しい。ちなみにこたさんは映画は見ますか?
こた 映画、漫画、アニメ、ゲーム……ほぼ通ってない。ジブリとかは好きなんですけど、実写はほぼ見たことなくて。それこそ「ジュラシック・パーク」も遠い昔に金曜ロードショーでやってたのをうっすら見たぐらいです。見たら絶対面白い。分かってるんですけど(笑)。木下さんは映画をたくさん見てめっちゃインプットしていて、それって本当にいいなと思いました。物語の発想やインスピレーションを得るには実際に外に出て行って見たりとか、刺激を受けたらいいと思うんですけど、ストーリーの構成とかお話作りはにやっぱ映画はすごく参考になるなと思って、ちょっと見ようかなと。
木下 でも、どっちも必要ですよね。さっきおっしゃったように、物語の構成はやっぱりいろんな物語を見ることで、勉強になったりもする。でも同時に、例えば『ディノサン』なんかは、手触り感というか……恐竜がいないからこそ、「実際にいたら」っていうのを大事にしているんです。先ほども少し触れましたが、そこはやっぱり「家畜を世話してきた時の手触りや匂い」とか僕自身の経験がすごく役立っていると思います。なので、僕がもし世の中の子供たちに言うとしたら……映画や漫画を見るよりも、今は「道端に何の虫がいるか」「どんな石が落ちてるか」とか、何かを触ったり匂いを嗅いだりする「体験」をして欲しいと伝えたいです。言い方はあれですけど、創作物って、実は誰かの消化しきったものだとも考えてて、この作品を作った「元」にあるものの方が大事。そして、その元は多分実際の経験とか体験、手触りとか、そういうものでしか培えないと思っています。もちろんテレビなどの娯楽が大事だと考える人もいるし、それがすごい役に立つ子供もいるので、僕の場合はですが。子供の時に感じる感覚って、本当にその時にしか感じられない。映画や漫画を見るのは大人になってもできるんで。
こた そうですね、うん。それで言うと自分も本当に新潟のど田舎で育ったので、そういう経験を身近でできたことは財産だなと思いました。東京で生まれていたら、この道に進んでいたかはちょっとわかんないというか……。東京って、アミューズメントパークとかいろんなものがあって、どこにでも行けて、「受ける」楽しみに溢れている。一方で、田舎は自分で探索して、何かを見つける喜びに溢れている。それこそ「絵を描く」っていうのも、言ってしまえば周りに何もないからこそ、家で夢中で描けてたんだと思います。誘惑というか、ゲームセンターとかも全くなかったんで、川、山、海とかも別に「インプットしに行くぞ!」という気持ちじゃなくて、普通に遊び場として行ってました。その恩恵は大きいと思いますね。
木下 言語化はできないけど、描く絵の中に、その絵を描いているプロセスに、過去に経験した「水の冷たさ、流れ」「滑りやすい石の感覚」とか、そういうものが表れる。描き方や構図などに絶対影響する。全部が全部ではないですけど、特に生き物を描くってなると、そういう手触りみたいなものを表現できるかは経験によるものが大きいのかなと思いました。
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木下いたる(きのした・いたる)
漫画家。『ギガントを撃て』(講談社)で、デビュー。新潮社「コミックバンチKai」にて『ディノサン』を連載中。2025年6月に『ディノサンえほん きょうりゅうえんへいこう』を出版。出身地:山梨県
こた
絵本作家・イラストレーター。大学3年生の時、『わくわく科学ずかん 古生代水族館』(大泉書店)で、絵本作家デビュー。シリーズ続編の『わくわく科学ずかん 中生代水族館』を2025年8月に出版。出身:新潟県



























