『Tシャツの日本史』
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<書評>『Tシャツの日本史』高畑鍬名(くわな)著
[レビュアー] 酒井順子(エッセイスト)
◆戦後の自由と同調圧力
気がつけば、Tシャツの裾をボトムにインしないとダサい、ということになっている今。かつてTシャツ「イン」と言えばおたくの代名詞とされる着こなしだったというのに、流行の大波小波が、それをイケてる着こなしとしたのだ。
Tシャツは、そしてその裾は、どのように流浪してきたのか。見過ごされがちだけれど、今やなくてはならないものであるTシャツのあり方を丹念に洗い出すことによって、著者は流行というものの暴力的なまでの強制力の背景にも、切り込んでいく。
かつては、それだけで人前に出るものではない肌着と認識されていたTシャツが、いかにして受容されていったのか。そこに登場するのは、白洲次郎、石原裕次郎、三島由紀夫といった時代のスター達だった。戦後、日本が自由に、カジュアルに変化していく時代に、Tシャツはぴったりとフィットしていく。
Tシャツの裾を「アウト」する波がやってきたのは、1990年代である。80年代は、尾崎豊や吉田栄作が、Tシャツをジーンズに「イン」していた時代。それが90年代になって渋カジ(アメリカン・カジュアルの影響を受けた渋谷カジュアル)が流行すると、一気に「アウト」化が進む。
時はちょうど、「おたく」という存在がクローズアップされていた頃でもあった。前の時代のまま、しっかりと「イン」し続けていた彼等(かれら)は、揶揄(やゆ)されることに…。
「アウト」の波はどれほどに高く強く、人々を吞(の)み込んでいったのか。そこから反転し、Tシャツの裾はどう「イン」化していったのか。たかだか裾を入れるか出すかのことではあるが、この問題を掘り下げることは、日本名物・同調圧力の仕組みを解き明かすことでもあった。
ダサいと思われたくなくて「イン」する中高年のために、下っ腹を目立たせないための着こなしアドバイス、などもネット上に散見される今。裾問題から自由になることができる人は、もうどこにもいない。
(中央公論新社・2200円)
1984年生まれ。映画『もしかしたらバイバイ!』を共同監督。
◆もう1冊
『装いの翼 おしゃれと表現と』行司千絵著(岩波書店)


























