緩和ケア、老年内科、地方医療…死と生の重みを同時に描き出す医療小説3冊

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  • 春の星を一緒に
  • 老坂クリニック 坂の途中に椅子ひとつ
  • あしたの名医3

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[本の森 医療・介護]『春の星を一緒に』藤岡陽子/『老坂クリニック 坂の途中に椅子ひとつ』南杏子/『あしたの名医3 執刀医・北条衛』藤ノ木優

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 医療小説は死と生を同時に描き出す。

 現役の看護師である藤岡陽子は、医療現場を描いた作品をこれまで数多く著わしてきた。最新長篇『春の星を一緒に』(小学館)の主人公、川岸奈緒は作者と同じ看護師として働く、四十歳の女性である。

 奈緒の職場は西日本にあるが、尊敬する医師の三上高志から勧められて、東京にある総合病院の緩和ケア病棟で働き始める。「亡くなる瞬間まで、人は幸せを感じることができる」という高志の信念に共鳴するものがあったのだ。ただしそれは中盤からの展開で、前半ではシングルマザーとして一人息子の涼介と懸命に生きていく姿が描かれる。物語の初めで奈緒が読者に見せるのは、医学部に進みたいという息子の希望を聞いて思い惑う母としての姿だ。

 父・耕平を看取ったことが、奈緒にとっては転機となる。関係良好と言い難い時期もあった父が、最期には奈緒に深い愛情を示した。医療の現場で働く者が、肉親の死に触れたことで改めて生の現実について考える機会を得るのだ。このように奈緒の人生と職業とは密接に結びついていく。涼介の受験、三上医師との関係など、すべての要素が奈緒が看護師として生きる姿勢を描くための、添え木の役割を果たしているのだ。人生を描いた総合小説にもなっている。

 南杏子『老坂クリニック 坂の途中に椅子ひとつ』(講談社文庫)は、東京の自由が丘にある診療所を舞台とする連作小説だ。その老坂クリニックが専門とするのは、作者も医師として勤務経験のある老年内科、人生の下り坂に入った年代の人々である。

 第一話ではエンディングノートを書いて終活を始めることに抵抗感のある男性が主人公として登場する。白内障治療、免許返納など、老いを自覚しなければ向き合えない事柄が毎話主題として扱われるのだ。病院の主である老坂小町院長が患者の心を解きほぐし、年を重ねることの意味、加齢と共に生きる術が温かい筆致で綴られていく。

 現役医師の作家は多いが、その中でも最注目株は藤ノ木優だろう。『あしたの名医3 執刀医・北条衛』(新潮文庫)は、救急患者を受け入れる地方医療施設・伊豆中周産期センターを舞台としたシリーズの最新作である。

 主人公の北条衛は最先端の腹腔鏡手術の技術を磨きたいという夢を持ちながらも、伊豆中周産期センターで働くうちに地方医療のありように共鳴して、ここで経験を積むことを決意した人物だ。本作では彼が、執刀医としていよいよ自立していこうとする姿が描かれる。作者はそれに助産師・小幡八重の物語を並行させることで、読者に多角的な見方を与えるように配慮している。群像小説の基本だろう。

 藤ノ木の美点は描写にある。迫力ある手術場面を読めば、この作者が真摯な姿勢で生命の小説に取り組んでいることが理解できるはずだ。生と死の重さが浮かび上がる。

新潮社 小説新潮
2025年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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