『悲劇とは何か』
- 著者
- テリー・イーグルトン [著]/大橋 洋一 [訳]
- 出版社
- 平凡社
- ジャンル
- 哲学・宗教・心理学/哲学
- ISBN
- 9784582703733
- 発売日
- 2025/08/22
- 価格
- 4,950円(税込)
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<書評>『悲劇とは何か』テリー・イーグルトン 著
[レビュアー] 阿部公彦(東京大学教授)
◆文学・哲学めぐる「知の奔流」
「悲劇」は重い言葉だが、使用頻度は高い。たしかに悲劇的と形容したくなる悲しい出来事や惨憺(さんたん)たる状況と日々、私たちは出会っている。
そんな中で本書は冒頭から、もはや悲劇は死んだのか?と挑発的な問いを立てる。悲劇は本来、それを通して「人間の可能性に対する私たちの感覚を高めてくれる」もの。そこにはどこか階級的な意識もある。「高み」が必要なのだ。限りなくフラットな世界を生きる近現代人には、悲劇の場所は見つけにくい。アイスキュロスは悲劇的だが、アウシュヴィッツは違うともいう。純粋な絶望と、悲劇は異なるから。
果たして悲劇は本当に死んだのか。著者はアイスキュロスやソフォクレスからシェイクスピア、イプセン、テネシー・ウィリアムズといった文学者、ニーチェ、ヘーゲル、ハイデガーといった哲学者まで広くカバーしながら、文学と哲学の際をめぐり悲劇の重要性を際立たせる。
この半世紀、イーグルトンは文学批評の足元を問い続けてきた。批評と政治性との接点を見つける眼力は定評がある。文章は鋭利で明晰(めいせき)、かつ軽快。本書ではやや抑えめだが、理論に小さなおふざけを注入してエンタメのように読ませる希有(けう)な才能も備えている。訳者の大橋洋一はイーグルトンの『文学とは何か』を訳して以来、ずっとこの英国のスター教授と伴走してきたシェイクスピア学者である。
章ごとの切り口がとにかく冴(さ)えている。『オイディプス王』における数と悲劇の関係を扱った第2章では、1人で複数の顔を持つ意味が考察される。第3章では悲劇が歴史の過渡期に訪れるとの指摘。第4章では悲劇を通し虚構が真実に肉薄すると示される。いずれも身を乗り出したくなる着眼点だ。
イーグルトン特有の「走る文体」はとても情報が多く、ときに目がまわるような知の奔流を感じさせるが、個々の引用は的確で著者のタイミング良い突っ込みもあって議論は熱をおびる。言及される作品も幅広い。文学史への入り口としてもおすすめだ。
(大橋洋一訳、平凡社・4950円)
1943年生まれ。英国の文学・文化理論家。『文化と神の死』など多数。
◆もう一冊
『悲劇の誕生』ニーチェ著、秋山英夫訳(岩波文庫)


























