『神さまショッピング』
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救われたくて祈るのか、叶えたいからすがるのか。神さまに願い乞う8編
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

※画像はイメージ
「神さま」と「ショッピング」という言葉が不調和で、得も言われぬおかしみをかもしだす。
自分に合った医者を探して何軒も医者を渡り歩く行為のことを「ドクター・ショッピング」と言い、それをもじって「神さまショッピング」。短編集に収録された表題作の吉乃は、ある事件を通して自分の中にあった黒い感情に気づき、許してくれる神さまを探して二十年近く、各地の寺院仏閣を訪ねている。
不謹慎だと思う人もいるかもしれないが、特定の信仰を持たないまま旅先の寺院や聖地をせっせと巡り歩く私たちだって、それに近い行為をくりかえしているわけで、「おかしみ」などと人ごとのように言っていられない。
スリランカ、ミャンマー、スペイン、インド、香港。さまざまな土地が登場する。旅好きで知られる作家だけに、若い時から旅をしてきた経験がそこここにいかされている。
小説に登場するのはおもに、もう若くはない女性で、彼女たちは何らかの強い思いを抱いて神さまのもとを訪れる。その思いに、これまでの人生が投影されている。
「神さまに会いに行く」の美津紀は、万引きをくりかえす老いた父親の死を願うも、いざとなると願いを口に出せなくなる。「弾丸祈願旅行」の清花は、子宮体がんと診断され、手術を前に「長寿橋」を渡る。「絶望退治」の鶴子は、息子との絶縁を願って神社を訪れ、縁切りの碑の穴をくぐる瞬間のアクシデントで、つかのま救われる。
彼女たちの願いは簡単には成就しそうにないもので、小説は、願ったその先を書かない。祈るという行為、人智の及ばないなにものかに身をゆだねることを通してひとりの人生がわずかにでも変わる、啓示的瞬間が描かれる。
追い詰められて何かを強く思うとき、人は自分についてよく知るのかもしれない。


























