自分探し中の父ちゃんと息子のハートフルな無軌道ロードノベル

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おにたろかっぱ

『おにたろかっぱ』

著者
戌井昭人 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120059476
発売日
2025/09/19
価格
2,860円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

自分探し中の父ちゃんと息子のハートフルな無軌道ロードノベル

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 このままずうっと読んでいたいなあと、読後すぐに思った。三浦半島の小さな町に住む3歳のタロと父ちゃん、母ちゃんの物語だ。

 家計はほぼ母ちゃんの収入に頼っている。ミュージシャンの父ちゃんはかつて「死神喫茶でくたびれて」という曲がヒットしたものの最近はほとんど仕事がなく、タロと〈毎日が夏休み〉のように過ごしている。無職ではないが無職に近い。

 ある日、近所の人に漁師にならないかと誘われた父ちゃんは、各地を回るライブツアーに幼稚園入園前のタロを連れていこうと決める。思い出の総決算になると考えたのだ。再起を図り、今後のことを思案しながらの父子ふたり旅は、果たして――。

 48歳の父ちゃんは、大人げなさをたびたび強く自覚する。おむつ替えなどのケアはちゃんとするけれど、タロを子どもとして扱えないのだ。小さなことに腹を立て、ムカつき合う。〈すべてを放棄し、だらりと漂泊するように生きること〉への羨望が捨てられない。

 と書くと、ちょっとダメな父親の子育てものと受け取られそうだがこの小説の特徴は父ちゃんの、自分らしさを失えない部分が存分に描かれているところにある。折々に挟まれる持ち歌の歌詞のナンセンスさ、ライブシーンの奇天烈さには困惑の笑いが漏れてしまうし、特に尾道の寺で住職と般若心経をコラボする場面は滅茶苦茶なパワーに圧倒される。父ちゃんのパフォーマンスに厳しめの評価をするタロも「きもちわるくてサイコーだった」と言うくらい規格外でクレイジーだ。まったくもって教育的ではない。

 周囲の人々の温かさに心ほぐれ、逸脱してしまう人間の情けなさに慰められる。誰もが反省と居直りを繰り返しながら生きているのかもしれないと思わされるロードノベル。表紙カバー、作中に登場するたくさんのイラストが小説の雰囲気を優しくサポートしているのがまたいい。

新潮社 週刊新潮
2025年10月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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